ふたたび「中心市街地」について

まち

都市デザイン 代表

未来構想PF 理事

田中 滋夫

中心市街地での街づくりの仕事が好きで、今も地方都市での現場通いを続けている。もともと、街が好きで、特ににぎわいの場づくりは手ごたえを感じられ、多くの仕事をこなしてきた。近年は地方都市中心部の市街地再生に取り組むことが多い。
街は人と人がつながる場であり、特に中心部は人と人とが出会い、いくつもの具体的情報を生で得られる場所である。社会とのつながりを肌で感じることの出来る場でもある。単に建物が並んでいるだけでなく、相互に社会的な関係を複合的に形成している当たり前に見えるが貴重な空間なのである。
技術革新がドラスティックに展開し、見えない領域でのイノベーションが私たちの生活を大きく変化し、情報を得る手段の抽象化がどんどん進んでいる。その分だけ、人と人とがつながり、具体的に見える環境として社会を実感することの出来る空間の重要性は増してきている。
他方、中心市街地、特に地方中小都市での、衰退、劣化は、問われ始めてから既に20年以上を経過してきているが、状況は更に悪化を続けている。商店街を中心ににぎわいをと繁栄を誇っていた中心市街地が急速な劣化に陥るとは殆どの人が考えもしなかった高度成長期から、あっという間としか言えない急速な展開である。
きっかけは都市計画面での大型店規制への失敗からであろう。まず中心商店街の衰退から始まっているが、地方都市での市街地劣化は幅広く、深く進行してきている。
商店街の多くは壊滅状態であり、シャッター通りといわれる様に目立つが、市街地全体に後継者を持たない各種の零細、小企業の店舗、事業所の閉鎖が続き、空住戸も多く目立つようになってきている。
車利用の利便性に依拠した生活空間の変化に、人口減少、地方経済の停滞が加わり、土地、建物の所有、利用構造を深いところでむしばみ、どうやら引き返すことの出来ないところまで病巣が進んできてしまったのではないかと思われる。
例として、築4,50年の建物活用を見てみよう。ヨーロッパでは多分つい最近建ったばかりというところかもしれない。我が国では、築4,50年は既に古屋で自己利用以外には利用価値はないに等しい。他人に貸そうが物件賃貸は、詳しくは割愛するがいろいろな事情で殆ど成立しない。壊して更地で処分したいが、解体費がかさみ更地価格を超えることが多い。リニューアルを考えるが、建築基準法の用途変更、現況不適格への対応は厳しく下手すると新築並の費用がかかるといわれてしまう。仮に思い切って新築に踏み切ったところで、間口が狭く、奥行きの長い土地では有効活用の途は殆ど閉ざされている。もうくたびれたからそろそろ畳むとしても固定資産税はかかり続ける。本来であれば償却が終わり、これからが稼ぎに入るべき不動産が、「持つな」「壊すな」「変えるな」「売るな」八方ふさがりという負債となっているのが地方中心市街地の殆どの土地、建物の現況なのである。
中心市街地活性化3法以来、今日の立地適正化施策に至るまで。市街地再生への施策は続けられてきてはいるが、はかばかしい効果は挙げられているとは言いがたい。地方中小都市のみならず、拠点大都市、大都市圏近郊都市でも、よく見れば同様の問題山積である。
現場の街づくりのたずさわる立場からすると、市街地再生を支える仕組み、制度の構築はもう待ったなしである。難しい取り組みになるのかも知れないが、これまでの縦割りに細分された制度の積み重ねでは場当たり施策しか生まれてこない。「街」というのは長い時間のなかで積み重ねられてきた人々が具体に生きる総合的な空間なのである。省庁の壁を乗り越えた真の抜本的な仕組み、制度の構築が強く求められている。