新任理事挨拶

ひと
駅まち一体型パブリックスペース

理事 大松 敦

1990 年頃から「さいたま新都心」や「汐留ABC 街区」、「東京駅八重洲口」、「渋谷駅周辺開発」などのマスタープランに参画してきた。時代も地域も異なり、事業推進には各々に独自の困難があったが、共通して取り組んできたこともある。それは「ヒューマンスケールで快適に歩けるパブリックスペースによって駅と街を一体的に計画すること」である。
橋上型新駅からの歩行者デッキを地盤のようにデザインし、街区開発によって形成される広場空間との一体感醸成に努めた「さいたま新都心」。汐留では地下歩道レベルを基準として、各街区のサンクンガーデンと開放的な接続にチャレンジした。これはその後六本木や日比谷、日本橋などでの地下鉄駅周辺パブリックスペースの基本モデルにもなった。巨大な東京駅と既存八重洲地下街との間で一体的なネットワーク形成を図り、地上では駅前広場空間と開発施設とで東京の顔づくりに奔走した「東京駅八重洲口」、今も進行中の「渋谷駅周辺開発」では谷地形を克服すべく駅まち一体の立体的ネットワークを実現しつつある。
これらの駅まち一体パブリックスペースは我が国の大都市独自の魅力を生み出せていると思う。行きつ戻りつ、時間をかけて関係者の意を汲み取りながら丁寧に合意形成を図る日本型民主主義の特徴は、社会変化に素早く追随することには適していないかもしれないが、社会的公共をリアルな都市空間に実装するためにはむしろ効果的だったようだ。このような新しい公共的役割が未来構想PF にも期待されてくるのではないだろうか。

(日建設計代表取締役社長)

未来のまちと鉄道

理事 金山洋一

この度、理事を仰せつかりました金山です。私は、1982 年に日本国有鉄道に就職し、線路の維持管理に携わり、1987 年の国鉄改革で日本鉄道建設公団(現(独)鉄道・運輸機構)に移り、鉄道に係る調査、計画、建設、そして行政(運輸省(現国土交通省)出向)に携わってきましたが、国立大学で36年ぶりとなる土木系学科の設立を目指す富山大学から熱心なお誘いを頂き、2018年4月に教員になりました。
国鉄に入社した動機は経営悪化問題に対する貢献であり、公団に移った動機は、建設に関わりたい思いと、国鉄を経営破綻させた要因のひとつである財源問題をなんとかしたいとの思いでした。鉄道に関する上記各分野を一通り経験し財源問題も絡む「制度」に大きな課題を感じていた頃、1997年の東京支社調査課長着任を機に検討を開始しました。私人に相当の公的補助は給付できないこと、既存事業者の存在、労働集約型産業、維持管理、建設業務等の特性を踏まえた日本版上下分離(官民の役割分担・リスク分担型の公設・公有民営。以下、官民上下)を着想し、2005年に博士論文(東京大学社会基盤学専攻)にまとめ、同年、国土交通省により、その考え方を骨格とした都市鉄道等利便増進法が制定されました。官民上下の考え方は、社会的に必要な整備や路線維持について、民間事業者主導型で限界がある場合、役割・リスク分担をもって官が補完するものであり、従来の運賃収入等による事業者主導型制度における各種補助制度とは異なり公共整備の範疇になります。なお、制度は、自治体等が鉄道整備構想を検討する際の思考に大きな影響を与えています。
大都市では、駅近傍の商業ビルや宅地の開発などによる開発利益を鉄道事業者に内部化する手法が成功を収めてきました。他方、地方では総じて経営環境が厳しく限定的となり、そもそも、鉄道は運行頻度等の利便性が低く都市や住民等にあまり貢献していません。官民上下の考え方は、開発利益を税収等の観点で都市全体で捉え、都市経営の一環で鉄道の整備やサービス改善を行うことが可能です。なお、鉄道は、バスよりも居住立地等に与える影響が大きく、地方都市ではコンパクトシティ政策の軸として期待されています。
国土の未来に向け、大都市から地方都市に至る鉄道の駅周辺開発やネットワーク・サービスの向上施策の実現は、基盤的前提と考えています。これから、よろしくお願いいたします。

(富山大学都市デザイン学部教授)

ご挨拶を兼ねて自己紹介

理事 岸井隆幸

この度、理事を仰せつかりました岸井です。大学院を出てから建設省に15年、日大理工学部土木工学科に26年、2017年より(一財)計量計画研究所、通称IBS(The Institute of Behavioral Sciences)の代表理事を務めています。建設省時代は日本住宅公団のほか石川県庁や越谷市役所にも勤務し、日大に移る前の一年間は丸の内のサラリーマン(国鉄清算事業団)も経験しました。
計量計画研究所(IBS)は、1964年にコンピュータ(当時は大型計算機)を活用して様々な社会的課題に取り組むことを目的として創設された組織です。実際、しばらくは「言語情報」に関する研究室なども活動していて、そのまま「if順調に発展していれば」、1975年に創業したMicrosoftの競争相手という道もあったかもしれません。ただ実際には、1968年に東京でパーソントリップ調査が始まり、その後このパーソントリップ調査や物流調査などを基礎とした交通計画・都市計画分野で活動してきました。現在は、ビッグデータ・MaaS・ウォーカブルなど様々な新しい分野にも積極的に取り組んでおり、研究所の研究職70名弱(全体では100名弱)の約20%は働きながら博士の学位を取得するに至っています。
私自身はIBS常勤とはいえ、未だに学生相手に適当な話をしていますし、全国の様々なプロジェクトに関わる機会を頂いてバタバタと動き回っています。
鉄道とまちづくりの接点に身を置く機会も多いので、どこかでご一緒するかもしれません。よろしくお見知りおきください。

(計量計画研究所代表理事)

変化の激しい今、旬の情報に触れて考えることが重要

理事 栗田敏寿

この度、未来構想PFの理事に就任しました栗田です。
林新会長のもと、この未来構想PFの活動が更なる発展と進化を果たすべく、微力ではありますが一理事として務めせていただきますので、皆さまよろしくお願いいたします。
私は、1980年国鉄に入社、1987年JR東日本へ、そして2014年からJR東日本コンサルタンツ㈱に勤務しています。建設部門を主体に鉄道インフラの計画、建設、保守の仕事に従事してまいりました。現在は、BIM、IoT、点群データ及びAIの利活用によるコンサル業務の生産性向上と若手技術者の人財育成、特にプロジェクトの上流域の業務に携われることができる人財育成に力を注いでおります。
さて、私の趣味は読書と早朝のウォーキング、そしてゴルフです。読書は「日本史」、なかでも織豊時代から江戸時代初期までが好きです。戦乱の世を統一するために、命を懸けて戦いその時代を生き抜くには、正確な情報をいち早く収集することと、知略戦略に優れた参謀を抱えることが生死を分け勝敗を決したことは歴史が証明しています。
桶狭間の戦いの勝利は今川義元の所在地を突き止めたことが勝因であり、竹中半兵衛、黒田官兵衛がいたからこそ秀吉は天下人に上りつめたといえるでしょう。この時代は、いち早く正確な情報を集めることと、優れた参謀を抱えることに多大な労力とコストを費やしたのです。
一方、現代は、それほどのコストと時間をかけずともPCやスマホで簡単に情報を収集することができます。そして集めた情報を分析するために既にAIが導入され、人間は判断をすればよい時代となってきました(もうすぐ「AGI」が登場し人間に代わって判断さえするようになるともいわれていますが)。
一見便利なようですが、変化の激しい時代は情報がすぐ古びたものになり、その結果、情報は溢れ、その中から何が正しく有意義なのか、問題の本質はどこにあるのかといった点を見極めることが益々難しくなってきています。
その点、この未来構想PFが果たすべく役割は重要であり、ここで得られる情報は、まさに旬の知識・知見であり、ヒントとなる事例にも触れることができます。また、専門家の貴重なお話を直接伺う機会に恵まれ、その方々と知己を得られることはとても有意義なことです。
若手技術者の皆さんが、アフターコロナにおける将来の交通施策や街づくりを考察していく際に、この未来構想PFでの活動を通じて「旬の情報に触れて考え」、そして未来社会を具体的にデザインしていただけることを期待しています。
私も皆さんと一緒に「旬な情報に触れて考えて参りたい」と思います。
よろしくお願いいたします。

(JR東日本コンサルタンツ代表取締役社長)

自由通路整備の思い出

理事 廣瀬隆正

この度、2021年4月13日に開催された一般社団法人未来のまち・交通・鉄道の将来を構想するプラットフォーム(以下「未来構想PF」と略称)の第11回定時総会において、理事に就任した廣瀬でございます。
私は1960年(昭和35年)生まれで、1982年に建設省に入省し、2018年7月に退職するまでの約36年間、主に都市計画・都市整備に関する仕事に携わり、本省の他、地方建設局や地方公共団体、独立行政法人都市再生機構、(公財)東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に勤務いたしました。退職後、(株)三菱地所に勤務しております。
本省では、街路交通施設課(旧街路課)、都市計画課、市街地整備課に勤務いたしました。特に、鉄道会社との関係が深い街路交通施設課勤務が長く、山本前会長、林新会長をはじめ、国鉄、JR東日本の皆様にご指導、ご助言を賜り、駅改造や駅周辺開発の計画に携わりました。入省7年目に勤務した都市局都市計画課では、上司の指示により、自由通路の整備費用を地方公共団体に補助する制度を創設しました。最初の事業個所が、上野駅のデッキと山形駅の自由通路でした。それ以降、制度は変わりましたが、多数の駅で自由通路整備、それと一体となった駅改造が進められております。この過程で自由通路の整備や管理に関してのルールがないために、計画を進める地方公共団体が鉄道会社との調整に長期間を要することがあり、当時、JR東日本に勤務されていた林会長や中井さん(現日本コンサルタンツ(株)社長)にご協力いただいて、「自由通路の整備及び管理に関する要綱」を定めることができました。
駅は、まちの顔、玄関口であり、その整備計画は、鉄道関係者、都市整備関係者などの経験と英知によって作られております。未来構想PFがより優れた駅や周辺開発を進めるための一助になるように努力いたしますので、関係の皆様におかれましては、なお一層のご支援のほど宜しくお願いいたします。

(三菱地所顧問)

「MaaS」オープンイノベーションの手法を中心に据えるべき

理事 村尾公一

現在DXが唱えられる中で、MaaS が様々な形で進められようとしているが、今の「MaaS」の進め方に若干の懸念を感じる。
今後の都市交通のポイントはオープンイノベーションではないか。囲い込みと自己完結による課題解決は、「20世紀的」思考と思う。多くの交通事業者の連携による使い易い多様なモードとモードチェンジの実現。今の MaaS は、交通事業者のみによる実現を目指しているように見える。そこには利用者の行動に基づく修正はあっても、利用者の参画は無く、利用者自身が中核となってイノベーションを進める姿が見えない。恐らく、10年を待たずして、世界的には様々なデータがオープン化して、交通事業者等が自ら提供しているアプリケーションの陳腐化と利用者による画期的アプリケーションが普及する時代が来ると思う。
5年も前の科学技術・イノベーション基本計画(5期)では、既にSociaty5.0を早々に唱え、更に今年3月の6期では、一層加速化している。この動きに相まって国土交通省が令和元年5月に策定した「国土交通データプラットフォーム(仮称)整備計画」では、国土や都市、交通、気象等の多くのデータを保有している省・庁・機関の豊富なデータを相互に連携させ、行政の推進やイノベーションの促進を図るとし、更に自らが多く保有するデータと民間等のデータを連携し、フィジカル(現実)空間の事象をサイバー空間に再現するデジタルツインにより、業務の効率化やスマートシティ等の国土交通施策の高度化、産学官連携によるイノベーションの創出を目指すとしている。
こうした動きを前提として、今何に備え、新たなビジネスモデルを作るための準備を如何に整えるのかが「令和」の時代ではないか。それに比較すると、今の MaaS は、公共交通サービスを事業者側から提供し、利用者はそれを選択するという枠に留まって居り、未だ利用者が参画してサービスを創る域に達していない。勿論、MaaS は始まった段階で、「情報の統合」、「予約・決済の統合」、「サービス提供の統合」を経て、最終的に「政策の統合」を目指すとは思うが、その中に、サービスを受ける側も巻き込んだオープンイノベーションの視点なくして、真の MaaSは在り得ないと考える。未来構想PFがこうした動きを的確に捉え、社会貢献を果たすことに尽力したいと考える。宜しくお願い致します。

(JR東日本技術顧問)

震災復興とその後から思うこと

理事 大口 豊

ジェイアール東日本都市開発の大口と申します。昨年3月末まではJR東日本で多くの皆さまのご指導をいただきながら、東日本大震災からの復興業務に9年間従事してまいりました。岩手・宮城・福島各県の沿岸で津波被害を受けた7線区400Kmの鉄道復旧が仕事の中心で、内陸あるいは高台へのルート変更や、放射線対策の除染を伴う工事など様々な形態での復旧もありましたが、もともと役割と手段にミスマッチの生じていた幾つかの地方交通線について、BRT化や第三セクターへの移管などの手段を通じ、より持続可能な形でその機能を回復する過程に携われたことは良い経験となりました。
当時の震災は、従前から提起されてきた地方の課題が大幅に前倒しされて顕在化したと言われたものですが、昨今の感染症は全国あるいは世界規模で人の流れ等に不可逆の変化をもたらし、従来の延長線上にない状況への対応を求められるものだと思います。これまでに様々なかたちで教わったことが少しでも生かせればと思いつつ、エリアも内容も変化した現在の仕事にあたるこの頃です。
4月の総会より理事ならびに事務局長として、プラットフォームの活動に参加させていただく事になりました。不慣れではありますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

(ジェイアール東日本都市開発)