ジェイアール東日本コンサルタンツ(株)顧問
未来構想PF 理事
溝畑 靖雄
今年は宝塚歌劇団、土木学会そして東京駅が100 周年の記念すべき時を刻むとともに東海道新幹線が50 周年を迎える。東京駅の半生がすでに新幹線とともにあったことに驚くが創建時の姿に復原された東京駅との共生はまだ1 年にも満たない。
華々しい新幹線のデビューの1964 年度から国鉄崩壊を予見させるかのような財政赤字が始まり、その後22 年間一度も黒字を経験することなく国鉄改革を迎えたのであるが、分割時に新幹線を承継した本州三社はその後黒字経営を継続している。とりわけ、東海道新幹線を継承したJR東海は総投資額9兆円をこえるリニア新幹線建設計画を一民間会社として実施できる体力を有する優良会社に変身した。新幹線はいわば50 年にわたり国鉄、JR さらには日本の社会経済を支え続けてきた救世主といって過言ではない。とりわけ東海道新幹線は超優良プロジェクトであった。
生まれたときは世界で唯一の時速200 キロを超える「夢の超特急」であったが、それから50 年、最高時速は320 キロとフランスと並んではいるものの、いまや時速250 キロを超える高速鉄道は全世界で2 万キロを超える。とりわけ、2008 年に北京オリンピックに合わせて北京・天津間に最初の高速旅客専用線を開業させた中国がわずか10年足らずで9000キロを超える高速鉄道ネットワークを有するようになったのは驚異的なスピードと言える。その過程でフランス、ドイツ、日本などの技術を研究し尽くして中国製の高速鉄道システムを作り上げ、世界最大の高速鉄道保有国となっている。東海道新幹線が開業した翌年、海外へ鉄道技術を輸出すべく海外鉄道技術協力協会(JARTS)が設立され、高速鉄道の分野でイラン、韓国、台湾、中国などに調査、提案、受注、技術協力など様々な形態で技術協力を実施してきた。
しかしながら、50 年にわたる運転事故によるお客様の死傷者ゼロの実績を誇る新幹線がフランス、ドイツ、スペインなどヨーロッパの高速鉄道に採用されていないのはともかくとして、アジアでも韓国、台湾、中国と建設が進む中で新幹線方式が採用されたのは実質的には日欧混合方式とも言える台湾のケースのみである。
近年、世界経済の中で大きなポジションを占めるようになったアジア各国で高速鉄道の建設機運がベトナム、インド、インドネシア、タイなど多くの国で盛り上がる中で注目されるのは、日本に19 年先立つ1853 年の鉄道開業の歴史「ムンバイ・タネ間33 キロ」を誇るインドであろう。インド鉄道省は2009 年12 月に7 路線の高速旅客鉄道「インド鉄道ビジョン2020」を策定し、この中でムンバイ・アーメダバード区間(約500 ㎞)が最初に建設される高速鉄道区間として特定されている。現在、インド・日本で共同調査が行われているが、プロジェクトが順調に進めば2020 年に完成させることは可能であろう。
2020 年は再び東京オリンピックが開催される年であり、新幹線との縁をインドで再現することにつながればと思う。0 系でデビューし今や700 系と面目を一新している新幹線がインドのニーズにフィットしたニュー新幹線としてムンバイ・アーメダバード間を快走する夢が実現して初めて新幹線は海外進出を遂げることになるのである。