地方交通線の行方
– 地方都市経営として考える交通問題 –

まち

JR東日本コンサルタンツ㈱
代表取締役社長

栗田 敏寿

本年7月25日、2月から国交省にて検討されていた「地方鉄道の在り方に関する有識者による提言」がなされた。現時点で議事録が公開されていないため新聞報道によるしかないが、輸送密度1千人日未満の路線を対象に、国が主導する協議会において自治体と鉄道事業者が議論を深め、協議会設置後3年後には結論を出すというものである。
協議会での議論は路線の「存続」や「廃止」を前提にしないものの、利便性や持続可能性の向上が見込まれる場合には「廃線によるバスやBRTなどへの転換」や、「自治体が線路や駅を保有し鉄道会社が運行を行う「上下分離方式」など」、運営方式の見直しも含めて検討されるとのことである。
国が検討会を立ち上げた背景には、人口減少やマイカー利用の増加などにより、地方鉄道の経営が一段と厳しくなり存亡の危機に晒されていること、さらにはそうした状況に鉄道事業者だけでなく国や自治体がこれまで適切に対応してきたのか地方鉄道の現状を直視せず事業者任せにしてきたのではないかという問題意識があったとのことである。
加えて、経営が比較的順調であったJR本州各社も、コロナ禍による行動様式の変化が重なったことで二期連続の赤字決算を強いられ、今後もコロナ禍以前のような状態には決して戻らないであろうという厳しい見通しから、「国鉄改革の基本的スキームの一つであった「内部補助」の仕組みが崩れたためである」と理解している。
この提言に基づく輸送密度1千人日未満の対象路線は全国で61あり、最も多いのはJR東日本で29路線50区間となっている。この路線の沿線地域の将来をどのようにリデザインし、そのうえでその地域の交通手段を鉄道とするのか他のモードにするのか、その在り方に関する検討が急がれる。

なお、JR東日本は2月14日に「JR東日本の地方交通線と取組みについて」を、7月29日に「2021年度駅別乗車人員等のデータ公開について路線別ご利用状況収支、営業係数、収支率」を公表している。地方交通線問題に関する基本的な考え方について触れられているので、興味のある方は報道発表資料を是非参照されたい。

一方、様々な問題を抱える地方にとって、人口減少・超高齢化及びコロナ禍という現象は、その地域の今後の在り方をどうするのかといった根源的な問題を有している。今回の提言で対象となった路線の沿線地域は多くの限界集落を抱えており、将来どのような形の街としていくのか、そのためには交通手段をどうするのかを、地域と交通問題を一体となって考えるべき重要なテーマとして捉えるべきである。
具体的には、まず鉄道会社は路線の情報開示に努め、自治体は街の将来像を見定めながら路線の在り方を議論し、存続と廃線または他の交通モードへ転換する場合のそれぞれにかかるコストを試算しながらその地域にとって最適な交通モードを選択することが求められる。
一例だが、地方鉄道の近江鉄道では、存続と廃止についてデータをもとに議論を行った結果、自治体側の財政支援によって存続を決定したケースが新聞記事で紹介されている。「鉄道存続で自治体が負担するコスト」と「廃線によって自治体が負担するコスト」を比較する方法で分析した結果、後者の場合、車利用の増加に伴う道路拡張工事費用や鉄道を通学で利用する高校生のスクールバスの増加費用などで少なくとも年間19億円が必要と見込まれ、この額は近江鉄道の鉄道事業の年間赤字額を上回ることが確認されたことから、自治体は鉄道事業の赤字を補填する形で「上下分離方式」の導入を決定、2024年度から公的資金を導入することになったとある。
上記の事例は、民間企業として限界に達した地方鉄道の経営問題を、地方都市の将来を考える「都市経営」という視点から見直し、その結果、地方鉄道を存続した事例であると捉えることが出来る。
今回提言された輸送密度1千人日未満という路線は、鉄道の特性である「大量輸送」が発揮できない赤字路線である。その路線の取扱いを議論するということは、単に近江鉄道の事例だけの議論に留まらず、観光・地域の活性化・地方再生を総合的に考えたうえで、「都市経営」という視点から地域と交通問題を一体となって見直すことであり、それぞれが限界に置かれている地域と交通問題の両立を図る重要なテーマとして捉えるべきではなかろうか。
協議会での議論は来年度から始まるとのことだが、決して目が離せない切実なテーマであり、その議論の行方が大いに気になるところである。