高速鉄道・都市鉄道輸出と日本型TOD

みんなの未来構想

(財)区画整理促進機構 理事長

矢島 隆

1.インドネシアの苦杯

鉄道の海外輸出が、現政権下における官民あげてのいわば国策となっている。昨年であったか、インドネシア・ジャワ島の高速鉄道整備に関する国際入札において、当初有利と報じられていた日本勢は中国勢に逆転負けを喫したのは記憶に新しい。苦杯をなめた原因は、先方政府に財政負担を求めない破格の条件であったと直後に報ぜられたが、後に中国勢は高速鉄道に抱き合わせで鉄道車両工場の建設や技術移転などをパッケージで提案したと報ぜられた。また別のソースからは中国勢は別途沿線開発を行う提案もしており、その開発利益が期待できるので高速鉄道の価格が下げられたのだと説明された。

2.TOD と抱き合わせの鉄道輸出に向けて

以来、国際競争を勝ち抜くためには、ひとつの分野にとどまらない総合的な提案力が必要であり、高速鉄道であれ都市鉄道であれ、我国が培って来たTOD(Transit Oriented Development)のノウハウと抱き合わせで鉄道を海外に売り込む必要があるという認識が広まったと聞く。その認識を受けた動きの一環と思われるが、JICA は昨年度末に「鉄道整備と都市・地域開発を連携させる開発のあり方に関する調査」を実施することとし、2017 年1 月には調査委員会(委員長:森地先生)を発足させ、産官学の知見を結集して、TOD の考え方をとり入れた鉄道プロジェクト形成のための手法を検討した。この調査委員会の場における筆者ならびに国交省都市局の委員の意見を以下に紹介する。

3.日本型TOD のノウハウ輸出の留意点

第一に、鉄道の採算性を補うために、開発利益を還元したいという期待感が関係者に広がっているが、開発はリスクを伴うものであり、上手に行かなかった場合の損失は巨大になることが理解されていない。また開発利益が生じるには通常長い時間がかかり、鉄道整備プロジェクトの実施期間内に間に合わない、いわば時間がずれるリスクもある。我国のTOD は中長期的に鉄道整備と沿線開発の計画・実施・財務を連動させて、しかも同一の主体(鉄道会社)がこれを継続して実行することで成果を挙げて来たものである。多くの場合、既設鉄道の利益が新線整備ならびに新線
沿線の開発に投資され、得られた開発利益と新線を含む鉄道の利益が再投資されるという循環が中長期的に持続して来たのである。また、この場合であっても別会計にして、鉄道、開発のそれぞれで採算が成り立つように計画をしている。従ってある特定のプロジェクトの国際入札を念頭において、鉄道整備のコストダウンのためにTOD を使うのは、不可能でないにしても相当に無理がある。特に、鉄道整備主体と沿線開発主体が別々であり、これらを指導監督する官庁側も縦割りで連携の無いことが一般的な開発途上国においては有効に動くことか否かは極めて疑問である。

第二に、我国のTOD は、「人為により計画的に」実施した側面と、20 世紀のマクロ・トレンド(都市化とモータリゼーション)がTOD に「結果として有利に」作用した側面が両々相俟って成果を挙げて来たものである。このマクロ・トレンドについて少々敷衍しておこう。日本の大都市における官鉄ならびに民鉄路線網は、1930 年代には、単線非電化のものも含めて概成していた。この時期は戦前期の都市化の時期にあたっていたが、東京でいえば市街地は現在の23 区内にほぼ収まっていた。
モータリゼーションはほんの始まったばかりで、この鉄道網を活用した地元耕地整理組合や鉄道会社により沿線開発が進められた。一方、戦後復興後の高度成長期の都市化は年間30 万人が東京都市圏に流入する程大規模なものであったが、戦前に概成していた鉄道網の輸送力増強によって郊外からの通勤が可能となり、市街地は一気に外延化した。高度成長に伴って急激なモータリゼーションが到来し、急速に道路整備が進められ、鉄道各線の「間の地域」にも市街地が広がっていったのである。言いかえれば、日本では鉄道整備と第一次都市化が戦前期にあり、戦後になって第二次都市化とモータリゼーションがやってきたのである。これに対し、開発途上国の大都市においては、都市化とモータリゼーションが同時に到来しているように見える。既に、モータリゼーションに依存してスプロールしてしまった郊外から都心に向かって鉄道を敷設するのは容易ではないだろう。日本型TOD のノウハウを開発途上国にそのまま売込むことは出来ない。恐らく途上国の状況に適合するよう必要な修正を加える必要があろうが、その修正は途上国の実状を知悉する者の手に委ねることが適当であろう。

第三に、今後日本型TOD を鉄道整備に抱き合わせで売込むにしても、不足を感ずるのは、これらの日本のTOD の状況が正確に伝わっていないことである。そもそも日本型TOD に関する資料自体が少ないうえに、英語による文献資料が進んでいない。我国のTOD については、日本語によるものでも本としてまとまっているのは、今のところ「鉄道が創りあげた世界都市・東京(矢島隆・家田仁編書、計量計画研究所、2014 年)」くらいであろう。かねてより国交省都市局は、この本の英語翻訳を企図していたが、先のJICA の調査においては、せめてこの本の第一章だけでも英文化して、調査成果であるJICA のマニュアルなり手引書に付属資料として添付することになった。今後とも継続的にTOD 関係の資料を蓄積していくとともに、英文資料として海外に紹介できるような環境整備を行う必要性は高い。
今後鉄道輸出に係る関係者が上記三点に留意され、地道な努力を重ねることを通して、日本型TOD が開発途上国に理解され、形を変えて実践されることを希望する。