新宿貨物跡地の土地処分について

みんなの未来構想

瀬川 雄次

はじめに

新宿貨物跡地における開発事業は、清算事業団が行う土地処分とバブルと言われた当時の不動産市況と密接に関連しているので、少し遡って説明する。

1. 清算事業団の発足

国鉄清算事業団は昭和62 年4 月に発足し、国鉄長期債務(37.1 兆円)のうち25.5 兆円を引き継いだ。この長期債務の償還財源はJR各社の株式とJR各社が鉄道事業等に必要としない土地約8200㏊(後に鉄道建設公団等からの承継分が追加され、最終的に9,238 ㏊となった。)であった。しかし、承継した債務の利子は毎年1 兆円を超える額であり、円滑な債務償還には株式及び土地の速やかな処分が喫緊の課題であった。

2. 土地処分の基本方針

事業団に帰属した土地は、撤去または移設を必要とする鉄道施設が残されており、また、従来の利用形態から道路上下水道等の公共施設が未整備であり、都市計画上の用途地域も開発を前提としたものになっていないなどの条件から、そのままの状態で処分すると土地の持つ潜在力を生かしきれず、効果的な土地処分とならないものがあった。このため、投資を上回る効果が期待できる場合には、道路などの公共施設の整備を進め、必要に応じて用途地域等の変更を行って処分することとした。

また、貨物ヤード跡地等の大規模土地については、その開発が周辺地域に大きな影響を与えることから、関係する地方公共団体も強い関心を示していた。このため、関係地方公共団体の意見を聞いたうえで土地利用計画を策定して、この計画について、清算事業団法に基づいて設置された資産処分審議会の答申を得ることで、地元自治体の理解と協力得つつ、事業団の目的である効果的な土地処分を進めることとしていた。

3. 不動産バブルの影響

この処分は、土地の持つ公的性格から公正であることが何よりも重要と考えられ、地方公共団体などへの随意契約を除いて、公開競争入札で行うことが原則とされていた。しかし、事業団が発足した昭和62 年ごろは不動産バブルの真っ只中にあり、地価高騰対策は国の重大な課題となっていた。さらに、国鉄時代のいわゆる資産充当により行われた土地の公開競争入札により、例えば品川駅(貨物跡地)、蒲田駅(貨物跡地)などで公示価格の数倍という落札となり、国鉄用地の処分は地価高騰を煽るという社会的な批判を受けていた。

このため、昭和62 年10 月に緊急土地対策要綱が閣議決定されたとき、事業団の土地処分について、地価が高騰しつつある地域内の公開競争入札による土地処分を鎮静化するまで見合わせるとし、一方、運輸省、事業団は地価を顕在化させない土地の処分方法について検討を進め、速やかに結論を得るとされた。

4. 地価を顕在化させない土地の処分方法

地価を顕在化させない土地の処分方法とは一般に馴染みのない方法であり、資産処分審議会では「処分手続きや処分時期を工夫することにより、当該土地処分が周辺における地価の形成に極力影響を与えない処分方法」としている。方法としては幾つかの方式を開発しているが、住宅適地には建物付土地売却方式でマンション販売を行い、100 億円程度の商業地には土地信託方式を適用し、さらに規模の大きい商業地には不動産変換ローン方式を適用することとした。そして、新宿貨物跡地ではその資産規模が数千億円に達することから、不動産変換ローン方式を適用している。

5. 不動産変換ローン方式

この方式は、米国で浸透していたコンバーチブルローンをヒントとしている。これは将来対象不動産の持分権に転換できる権利の付いた貸付金のことで、不動産事業はその初期段階(建物の建設、開業直後の事業)においてはリスクが高いので、資金の貸手は、この間を確定利率に置き換えてリスクをヘッジし、リスクをとる借手は低利資金を調達するという方法であり、事業が軌道に乗ったときに貸手はローンを対象不動産の持分権に転換して、安定した事業を行うというものである。

この方法にヒントを得て、対象不動産でビル賃貸事業を展開してその収益で利払いを行えば、実質的に金利負担を負うことなく土地売却に見合う資金を調達できると考え、できるだけ早期に処分するという観点から、建物の基本計画ができた段階でローンを実行する方法とし、資金調達の目途を立てたうえで建築確認申請などの手続きに入ることとした。

一方、貸手から見ると事業の不確実性が高く投資判断がし難いという批判も聞かれたが、賃貸オフィス事業であれば立地および建物規模により期待収益はおおむね予測できる。また、商業施設であれば商業デベロッパーが確定していれば収益性は判断できるので、対象とする土地の希少性を考慮すれば実効性はあると考えた。

そして、このビル賃貸事業は実質的に民間資金で行われることから、公的機関として予算の制約を受ける事業団が直接行うのは不適当であり、出資会社を設立してローン債務を引き受けさせるとともに対象土地を引き渡し、ビル賃貸事業は出資会社が行う仕組みとした。

このため、変換ローン方式では

・ ビル賃貸事業に関する基本計画は基本的に出資会社が行う。

・ 巨額の資金を調達するため、対象不動産共有持分に分割して

複数の投資家を対象に実施する。

・ 公正さを確保するため、契約の相手方は借入条件の競争入札により行う。

・ 手続きの公正さという観点から、募集に関する手続きは事業団において行い、

可能な限り速やかに当該変換ローンを出資会社に移す。

などを基本的な条件として実施した。

6. 土地処分の実施

(ア) 土地の処分範囲(図ー1)

新宿貨物跡地(約33,000 ㎡)は大別すると新宿駅方の土地と代々木駅方に分けられる。代々木方では当該事業団用地を含めて明治通りに面する民地と一体的に再開発を行う動きが具体化しつつあった。再開発事業に編入できれば、明治通りに直接面する建物に権利変換されることから、資産価値の向上も期待できる、代々木方の約9,000 ㎡(図ー1 に示すC)は変換ローンによる処分対象から除外して、24,200 ㎡(図ー1 に示すA、B及び地区内道路)を対象地とした。

(イ) 基本計画書の策定

変換ローン方式では、当該土地で行われる事業を投資家に提示して処分を行うので、その計画の良否は処分の成否を分ける重要なものとなる。そして、ここでは実際に事業を行うRC東開発(変換ローンを実施するために平成2 年4 月に設立された事業団の100%出資会社)が事業計画の策定を行った。

計画策定にあたっては、まず導入業種の検討から開始した。当該地では商業及び事務所の事業成立性が高いと考えたが、新宿地区が日本一の商業集積であること、当時の百貨店経営方針が巨艦店主義であり大規模開発用地に適していること及び多くの百貨店経営者の出店意欲が極めて強いことなどから、商業ビルによる一括開発が適当と判断した。

さらに、出店意欲のある大手百貨店から出店計画案を提出させ、そのうち有力と判断した4 社のプレンゼンテーションを受けて、RC東開発㈱内に設けたテナント選定委員会において公正かつ慎重に審議した。最終的には、不動産ローン方式による処分という特殊性から入居条件(賃料水準、敷金、保証金)のほか、事業の安定性、将来性についても考慮し、㈱高島屋が総合的に優れていると判断した。

その後、RC東開発は、高島屋と共同で建築計画などを詰め、ローン募集の際に投資家に提示できる事業計画を策定し、平成3 年11 月に基本計画書として事業団に提出した。

(ウ) 変換ローンの募集

当該募集は平成4 年6 月に開始した。募集は対象不動産を9 口に分割して行い、平成19 年3 月末に対象不動産の1/9を取得できる予約権の付いた借入金の額と支払利子額を競争して行った。借入額は対象土地の取得および建物の建設等に要する費用資金に見合う額(予約権上の土地建物売買額に反映)とし、利払い額は1口当たりの利払限度額を超えない範囲で競争する方法とした。

主な募集条件

変換不動産の概要

土地 24,200 ㎡うち9,000 ㎡は道路用地として上地

建物 鉄骨鉄筋コンクリート造 地上14 階、地下4 階

建築面積 約13,000 ㎡ 延べ床面積 約175,000 ㎡

ローンの内容

総借入金額  上記変換不動産の取得に見合う額

利払い限度額 1口当たり 13.5 億円

借入期間   平成4 年8 月21 日~平成19 年3 月31 日

そして、平成4年7月末に入札を行い、9口のうち7口については応募者を決定できたが、残る2口ついては決定できなかった。この場合、全体を不調とする方法も考えられたが、事業を進めたうえで残る口を募集した方が投資判断はさらに容易になり、より売却しやすくなること及び事業団の長期債務償還という観点から出来るだけ早期に資金を得る費用があったことから、部分的に7口を落札として残る2口は将来適当な時期に売り出すこととした。

(エ) 周辺地域との調和(図―2)

新宿駅新南口に隣接する商業施設であることから、駅との接続は当該ビルの価値を左右するものであった。このため、入札を終えて確実に事業を推進できる見通しを得た後、平成4年9月に、JR東日本と事業団との間で新宿南口地区周辺の開発計画に関する覚書を締結した。覚書の内容は、南口から甲州街道の下を抜けて新南口を経て当該ビルに至る駅街路10号の拡幅、代々木方から明治通りまでの地区内道路の新設、当該ビルと新南口駅ビルを地平レベル及び2階レベルで接続するデッキの新設、JR本社ビル前のデッキから線路を横断する歩行者デッキの新設などを取り決めた。

(オ) 残る土地の処分

前述したように、代々木方約9000 ㎡の土地は再開発計画の進捗を期待して留保していたが、民地との調整ができないまま時間ばかりが経過する事態となっていた。また、百貨店の開業にあたって、明治通りより右折して当該ビルに至る自動車ルートについて、警察との協議の結果、明治通りと代々木駅を結ぶ区道855 号を経由するルートを指定されたため、開業に合わせて同区道を拡幅整備して一方通行を解消した。そして、当該ビルは平成8 年10 月にタカシマヤタイムズスクェアとして無事開業することができた。それに合わせて残されていた土地も建物提案方式という方法で売却し、NTTドコモのタワーが建設されることとなった。これにより新宿貨物跡地はすべて売却できた。

図-1 道路配置図

図-2 新宿駅南口地区周辺の開発計画図