
富山大学教授
金山 洋一
AI技術の進展は、通信、ロボット技術等の発達と相まって、これまでヒトが担ってきた仕事の多くが不要になる可能性が言われている。AI導入により、パソコンで出来る多くの作業をこなせるようになり、企業の当該部門やソフト系企業は、要員を抱えなくても成立し、むしろ数人の会社の方が効率的で意思決定も早いとの評価も見られる。AIによって作業が楽になったことはほんの始まりにすぎず、やがて、楽になったと感じていたヒト自身が不要になっていく方向にある。
では、ヒトには、肉体を使う仕事が残るのであろうか。ロボット技術は進化し、触覚、柔軟性のほか、ヒトや動物等の姿を身に付けて歩行(移動)できるようになりつつある。その結果、やはり機械(ロボット)に置き換わりヒトがある程度不要になっていく可能性がある。機械は24時間稼働する。生涯賃金を2億円程度とすると機械コストは競争力があり、普及によって低廉化する。なお、故障に伴う診断や修理、そして更新や新造も、やがて機械が多くを行うようになるであろう。
それでは、ヒトには、考える仕事が残るのだろうか。AIは進化してエージェントAIとなり、自分で考え、自分で行動し、目標を達成することができる。個人にとっては、パーソナライズされたAIコンパニオンとして、世界の誰よりも自分を最も知る相談相手となる。そのため、ヒトは自ら考えることを省き(省力化は、これまでは人類の進化の源の一つであり合理的であった)、AIの意見にそのまま従うようになりやすい。例えば、自分に必要な商品が何かを相談する場面を想像するとよい。
上記から言えるのは、これからの時代は、ヒトvsAIの視点での優劣以前に、よく「考えられるヒト」であり続けることが益々重要になっていくことである。本年3月に、JR東日本をはじめとする比較的若手の社員がチームを組んで取り組んだ「駅まち未来構想研修」の報告会があり、ないものを創出するなど、いずれも模索が感じられ刺激的であった。これからのAI時代においても通用する人材を育成する観点からも、当プラットフォームの取り組みは貴重で、役割は大きい。

