平時と非常時体制の一体化を
未来構想PF会長 山本卓朗
明けましておめでとうございます。 東京から60キロの千葉県新興住宅地に20年以上住んでいるが、高台で津波の心配もなく、コロナも第2波までは、感染者ゼロの地域で穏やかに過ごしてきた。台風もめったにこなかったが、昨年の強風下の大停電によって、千葉県の非常事態体制が言葉だけで、中身がお粗末だったことが県民にばれてしまった。もちろん海岸に沿った外房地域などは、東日本大震災で津波に遭遇しているので、緊迫した対策が取られている。 5年ほど前に当住宅地の自治会連合会長を引き受けた時に、行政からも自助の防災会をつくるよう慫慂された。しかし切迫感のないところに緊急体制を構築するのはたいへん厄介である。そこで、まず核となる10人程度の常置チームをつくり、日常的にはこつこつと設備の充実や住民への情報活動を行うが、非常時には対策本部の実行メンバーとなる。災害時の住民参加は、日常の自治会役員組織がそのまま班別の活動に組み込まれることとした。この形を住民がしっかり理解していれば、平時と非常時の体制が即時に切り替えできると考えた。 さて、新型コロナである。そろそろ1年になろうとしているが、イライラが募るのはパンチの利いた防疫体制が一向に見えてこないためである。私ならず国民もイライラしていることは世論調査にも現れている。何が問題か長年にわたり経験を積み上げてきた防災体制と比較するとよく判る。自衛隊や消防隊の即時の出動、国交省のTEC-FORCE、そして自治体との協定による建設会社の出動、さらに阪神淡路大震災以降活発化した災害ボランティアの活躍。これらの活動は平時の仕事としっかりと折り合いをつけてなされている。コレラやスペイン風邪以来、大規模なパンデミックを経験してこなかった防疫体制と比較するのは酷かとは思う。しかし世界に冠たる災害先進国が長年得てきた知恵をパンデミックに応用することは出来るのではないか。 第3波で終わるとは思えない。過労に耐えて頑張っている医療関係者の活動を支援できる非医療組織のサポート体制を平時から構築すべきと思う。
新年のご挨拶と自己紹介
副会長 林 康雄
新年あけましておめでとうございます。 昨年はコロナ禍の一年でしたが、今年はワクチンの普及とあいまって早く収束に向かうことを願ってやみません。今年一年なんとか良い年としていきたいですね。ところで私は昨年6 月に当法人の新任理事に就任しました。未来構想PF通信に寄稿するのは今回が初めてですのでまず自己紹介をしたいと思います。 私は1952年生まれで現在68歳です。幼稚園から高校まで横浜で育ち大学は東京です。1975年(昭和50年)に日本国有鉄道に就職し12年間、1987年(昭和62年)にJR東日本に移って25年間、2013年(平成25年)に鉄建建設で8年、合計45年間鉄道建設・保守に携わってきました。 この45年間で最も印象に残っている仕事を3つご紹介したいと思います。 一つ目は、信濃川水力発電再開発プロジェクトと、約20年後に発生した不正取水事件です。 昭和57年に国鉄建設局線増課で信濃川水力発電再開発計画の策定に携わり、昭和62年にはJR信濃川工事事務所にて工事に従事し、5年の工期で平成2年に完成させました。その後平成21年に不正取水により取り消された水利権を再取得すべく、特別チームを編成して対応することとなり、20年前の工事経験を活かし、現地に張り付きながら1年3ヶ月で発電再開にこぎ着けました。その間、大変な思いもしましたが、水力発電事業を推進するにあたっては、環境への配慮はもちろんのこと、地域との共生を図っていくことが極めて重要であるということを学びました。
写真1 信濃川水力発電所
二つ目は、東京駅丸の内駅舎の保存・復原事業です。 国のご指導を得ながら容積率移転制度を創設していただき、八重洲・日本橋に3本の超高層ビルを建設するほか、丸の内駅舎を創建当時の姿に保存・復原するというものです。計画から完成まで12年超の大プロジェクトでしたが一貫して携わることが出来ました。これにより行幸通りの整備と合わせて皇居を前にした20世紀を象徴する都市空間を再整備することができ、歴史的にも意義のあるプロジェクトとなったと思います。
写真2 東京駅 丸の内駅舎保存 ・復元
三つ目は、東日本大震災からの復興です。 津波による甚大な被害を受けた常磐線、仙石線の内陸側への線路付け替えのほか、気仙沼線、大船渡線の線路敷に専用道を整備し、BRTによる復旧を行いました。これは当法人の理事でもある矢島さんからご示唆いただいたもので、地域交通として復興の各段階にフレキシブルに対応でき、鉄道に比べてフリークエンシーは2~3倍となり、利用者に大変好評を博したものです。このBRTが将来ともに地元のみなさまに役に立つ交通機関となり、復興の礎となることを念願してやみません。
写真3 BRT による仮 復旧
最後に、未来構想PFの今後のますますのご発展をご祈念いたしまして、新年のご挨拶とさせていただきます。
PPP鉄道事業への期待
理事 森 地 茂
正月3日の日経電子版に第2青函トンネルの記事が掲載された。民間資金で建設運営する提案がJAPICの委員長から国土交通大臣に提案されたというニュースである。 東南アジアでは都市鉄道のプロジェクトが目白押しである。それらの整備に対するわが国の支援は多くの国で進行中であるが、それ以上に日本の民間による都市鉄道運営の効率性、安全性、信頼性への期待が大きい。いわゆるPPP(Public-Private-Partnership)である。 JICAも整備支援のみならず運営についても支援することとし、また、円借のみならず、運営する日本企業への出資やリスク軽減なども可能とする制度改革を行っている。 コロナ対応での大盤振る舞い後の厳しい財政制約下ではますますPPPの重要性が増すであろ う。PFIからPF2への改革後、2017年からPFIの新規採択を停止した英国での教訓を踏まえて、 わが国の内外政策に役立つPPPの事業制度設計が求められるが、民間企業の積極性が最大の課題 である。コロナ禍による収益減少下で、経費節減はやむを得ないとしても、それだけでは経営判 断とはいいがたい。経営者がリスク回避にのみ目を奪われず、次代の事業展開を図ることを期待 したい。 (政策研究大学院大学 客員教授)
リニアとコロナ
理事 只腰憲久
リニア中央新幹線の工事が進んでいる。9兆円の巨費を投じて2027年の品川・名古屋間の開通を目指し、その先大阪までも2037年に開通させるという。 着工までには各界挙げてのリニア推進の動きがあった。東海道新幹線の経年劣化への対応を意識しつつ、日本の表通りである東京・名古屋・大阪間を短絡し、経済を活性化させるとし、その経済効果は10兆円にのぼると予測された。 しかるに、昨年からのコロナ災厄の影響で、ニューノーマルの大きなうねりが全世界を巻き込んだ。そもそも、DX変革のなかで、人間自身が移動する必要性と需要がどれほどあるのか、ということが問われたのだ。会議出張・視察も取り止め、研修もリモートで、という風潮のなかで、「それでも地球は回っている」。わざわざ遠くまで出掛けなくてもだいたいのことは済んでしまう実態が、改めて立証された。 一方で、日本の総人口は2027年には2020年比で3.3%、410万人減、2037年には9.4%、1120万人も減少する(「日本の将来推計人口」より)。対面での人間関係の維持・発展はそれなりに大切だとは思うが、世界に類を見ない高頻度の運行で将来も輸送需要を賄えるのではないか。経年劣化に適切に対応していけば、今の新幹線施設で十分しのげるはずだ。新幹線よりもっと急ぎたいなら航空機もあるのだ。 そもそも、JR 東海はなぜ自己資金をつぎ込んでまでリニアをやりたかったのか。収入の9割以上を東海道新幹線に頼り、その営業利益率は他の鉄道会社の約2倍、4割近くに上る。しかし、潤沢なキャッシュフローに見合う優良な投資対象が、名古屋エリアではそうは見つかりそうもない。いずれキャッシュが積み上がり、ひいては明らかに割高な東海道新幹線の運賃・料金を値下げしろと言われるのが嫌だったのではないか。 静岡県知事は、大井川の水利問題で、リニアの工事を止めている。まだ他の工区でも工事は始まったばかりである。ここで一旦立ち止まり、ニューノーマルの下でのリニアの必要性、有効性を改めて議論してもいいのではないか。 ((一社)東京都トラック協会 監事)家まわりの軽環境に思う
理事 田中滋夫
年があらたまり、本年もよろしくお願い致します。 と書いてはみたが、忘年会は全くなし、新年会も形だけが1回、喪中でもあり、家では新年の行事はすべて控えた。旅行も出来なかったので年頭所感をと言われても実感が出てこない。 家の周りばかりぶらぶらしていたので、うんと小さな身の回りのことに触れてみよう。 私の家の周りは都心に近いせいか、結構家の建替が多い。大きくはない敷地に精一杯工夫を凝らしてしゃれたデザインが施される。そうやって、徐々に建替が進み家並みは移り変わっていく。住宅街としてそれなりに変化をしつつも街並みとしての雰囲気が醸し出されていく。 しかし、なんとしても我慢が出来ないのが、空中の汚さだ。電線が我が物顔にはびこっているのは我が国の都市景観の課題といわれてきたのだが、近年ますますひどくなってきている。昔からの電気、電話線だけなら許容はしたくないがなんとか我慢の範囲内と自分に言い聞かせてきた。ここにきてCATV用同軸ケーブル、光ファイバーケーブルが加わり、それをガードする螺旋ケーブル、保護用の黄、黒の太いケーシングまで加わり、空中は滅茶苦茶な乱闘状態だ。汚いことおびただしい。じっとみる気持ち悪くなるが、さらに見続けるとそれがなくなるだけで住宅地の景観がどれだけ良くなるのか、丁寧に積み重ねられてきた街並みがどれだけ味わい深いもになるのか。 建築・土木の専門の谷間にある家まわりの軽環境(軽土木とでも言うのかな)に真剣取り組んで来なかった長年のつけをしみじみと思う。 (都市デザイン 代表)コロナを中心とした一年が過ぎ去って
理事 溝畑靖雄
こんな新年は生まれて初めて、と感じる間もなく、7日には一都三県に二度目の緊急事態宣言が発せられ、災害規模はほぼ1年経過した中で最大規模となりつつある。加えてこのウイルスの発生が中国を発端としつつも、アジア、欧州、アフリカさらにはアメリカ、ブラジルなど世界規模で拡大の一歩をたどっており、この鎮静を待つには抗ウイルス薬に頼らざるを得ないとされる。 2年目を迎える段階で経験したことのない、新型コロナウイルスの威力の洗礼を受けることが可能かどうか疑問なしとはしない。とりわけパリの惨状は痛ましさを凌駕している。医療関係者の奮発に期待するところ大なるものがあるが、もっと酷い災害に取り組んで大きな成果を生み出した野口英世のことを思い出すのである。アフリカの地で努力を重ね、見事に天然痘を絶滅させた野口英世の功績を称えた、猪苗代の記念館を思い出しつつ、第二の野口英世の待望を待つことしきりである。とりわけノーべル賞を輩出してきた人々の中で山中先生のような方にご活躍を願いたいとおもうことしきりである。 (JR東日本コンサルタンツ 顧問)古希の整理初(ぞ)め
理事 斉藤 親
古希で迎えた昨年末の年賀状書きで、私は、長年交わした多くの方々に、明年以降の欠礼を伝えることにした。 高齢社会の真っただ中にある現在、巷には、「身辺整理」や「終活」、「断捨離」、「エンデ ィングノート」などのフレーズや解説本が溢れているが、その手の話に、私は、(まだ?)それほど関心を持たなかった。というより、人生の後始末としてその手の動きをするには、(まだ?)抵抗感もあった。そこに飛び込んできたのが、女房からの一冊の本であった。 事実上の仕事納めとなり帰宅した年末25日の夜、読んでみたらと渡された曽野綾子著「身辺整理、私のやり方」―その中に、「ものを捨てると、新しい空気の量が多くなる。それが人間を若返らせる。」と整理の効果が謳われ、「『始末』は初めがあったからこそ終わりにも巡り合う」と整理の姿勢が示されていた。散らかし放題の自分の部屋から職場の環境、野放図を重ねた人間関係、、、、しばらく思いを巡らせた挙句に、まずは試しに、目の前に横たわる年賀状の整理から始めることにしたのである。 元旦配達の期限(?)となる28日投函を目指し、およそ10年間の交換の軌跡、特にその起点を吟味した。真に「年賀状会話」に意味、楽しみのある方を残し、約2/3の方々に欠礼をお伝えしご理解を頂くことにした。直後の解放感は、正直、爽快なものであった。さて次は何を整理するか。 (JR東日本 技術顧問)水月湖の『年縞』
理事 藤森伸一
新しい年となりました。2021年が会員の皆様にとって良き年となることを心より祈念します。 コロナ禍は収まるどころか、拡散の波が押し寄せ、先の見えない状況が続いています。立ち向かっている医療関係者の努力に感謝し、敬意を表します。ワクチンが行き渡り、効果が発揮されてこの災難が鎮静化されることを願います。 ところで、最近読んで興味深かった「人類と気候の10万年史(中川毅著作)」の内容を紹介します。 ・ 福井県若狭町に水月湖という湖がある。流入する大きな河川もなく、湖底は酸素が少なく生物が生息できないため、堆積物が一年に約1㎜ずつ乱されることなく静かに溜まり、地層の縞模様である『年縞』が湖底下で形成されている。 ・ そのボーリングにより採取した『年縞』により年単位で7万年の時を辿ることができる。年代測定の「世界標準の時計」と認められ、放射性炭素C14の年代測定の較正に適用される。 ・ 『年縞』に含まれる花粉などから地球は約1万2千年前に突如として気温が上昇し、氷期から温暖化に移行した。人類は氷期などの厳しい時代を乗り越え、安定した温暖な気候が続いたことにより農耕社会を作り上げることができたと考える。 この本を読んで、人類の課題となっている地球温暖化は、今後どこまで環境を乱していくのか、それとも温暖化削減の世界的な活動により鎮静化に向かい、元々の自然の周期に戻るのか、『年縞』にどのような足跡を残すのだろうかなど、地球の営みと人為的な活動の影響との関係を深く考えさせられました。すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、面白い本ゆえ一読をお薦めします。 今年こそ「未来構想プラットフォーム」を通じて皆さまと交流をはかり多岐にわたる情報を交換していきたいと思います。本年もよろしくお願いします。 (鉄建建設 副社長)