総合的な交通体系を目指して
̶交通情報の統合化から̶

みんなの未来構想

日本大学理工学部交通システム工学科 教授

轟 朝幸

移動者は、より便利に安価に安全に移動できればどんな交通手段でも構いません。しかしながら、わが国の交通体系は、手段・事業者間などの連携が必ずしも十分でなく、シームレスな移動を担保していない場面もみられます。その改善の一歩となるのが、交通データの統合化ではないかと考えています。

 1.シームレスな交通とは

みなさんも、移動中にシームレスを欠いた場面に出くわすことが多々あるのではないでしょうか。列車に乗って駅までたどり着いたけど、そこから先のバスの停留所がすぐに見つけられない…、やっと見つけた停留所に行ったらバスは1時間後の出発…、海外旅行帰りで大きな荷物を抱えて空港から電車で目的駅についたら階段の上り下りを強いられた…、駅で改札に入ったらそれは乗りたい路線と違う会社だった…、相互直通運転の電車に乗って別会社線に入った駅で降りたら初乗り運賃加算で運賃が跳ね上がっていた…、違う会社のバスを乗り継ごうとホームページでダイヤを調べたら乗り継ぎ先のダイヤ情報へすぐにたどり着けなかった…、などなど枚挙にいとまがないでしょう。

ここにあげたように、鉄道や道路、通路、車両など施設のハード的なつながりだけでなく、ダイヤなどの運行体系、運賃体系、案内表示や時刻表などの情報体系などのソフト的なつながりも不可欠です。

シームレス向上のための海外事例として、運輸連合をあげてみます。ドイツでは、都市圏別に運輸連合を形成して、地域公共交通の運営を一元的に管理しています。地域内の交通事業者が連合組織を形成して事業者間の調整を行うことで、より利便性の高い輸送サービスの供給を目指すものです。ドイツには約40 の地域に運輸連合が組織され、ライン=ルール地域を例としてあげれば、鉄道・LRT・バスなどの約30 事業者が加盟し、約900 路線を管轄しています。運輸連合は、地域で統一的な運賃システムを構築して事業者を通じて回収した運賃を再配分したり、輸送品質を確保したり、交通マーケティングしたりといった役割を担っています。輸送計画では、利用者にとってより利便性の高い交通サービスの提供を目指した分析と検討が進められ、乗り換え地点などではバス停の位置やダイヤなどへの配慮がなされるなど、交通事業者の枠を超えた地域全体での公共交通ネットワークサービスの向上が図られています。

 2.総合交通体系確立の第一歩としての情報統合化

わが国において、運輸連合を組織することは、これまでの事業慣習から調整が難しいし、独占禁止法に抵触する可能性もあることが指摘されています。しかし、情報分野から連携の兆しが見えてきました。

全国的に導入が進んできたIC カード乗車券は、データの共通化が図られています。首都圏の「PASMO」導入時には,約100 の事業者が加盟したPASMO 協議会と株式会社パスモが設立されました。運輸連合の1つの役割である運賃収受・再配分の機能を担っていると言えます。利用者も、乗り換えの度に乗車券を購入する手間がなくなり、シームレス化に一歩近づきました。交通情報を統合化して発信するサービス(ナビタイム、Google マップルート検索など)も広く普及してきました。これらのシステムには、各
事業者の運行データ・運賃データがすべて入っています。また、各社がそれぞれ提供しているリアルタイム運行情報も転用して情報サービス利用者へ提供しています。

このように、情報化によって交通手段や事業者間の壁が低くなってきていますし、利用者は様々な交通手段や事業者の組み合わせによる、よりシームレスな経路を選択できるようになってきました。この情報統合化の流れを加速することで、総合交通体系・総合サービスの確立につながると考えています。IC カード乗車券の利用データは、きめ細かな交通分析に役立ち、それを踏まえた交通改善も検討できます。例えば、バスの利用者数が多い時間帯や区間などを詳細に把握してバスダイヤ再編したり、改札とバスとの乗り継ぎデータから待ち時間ごとの利用者数分布を解析してダイヤ改正を検討したりすれば、利用者需要に応じた運行サービス提供ができます。

韓国ソウル都市圏では、公共交通情報管理センター(TOPIS: Transport Operation and InformationService )を設置して、関連する様々な運行・利用データ、交通環境(道路)データを収集して分析しています。交通サービス向上に資する課題の抽出に努め、たゆまなく改善策を施し続けています。この交通データは、いわゆるビッグデータであり、分析には高度な専門知識と技術が必要ですが、TOPIS には10 人を超える博士号を持った専門家が交通分析を行っています。ソウルでは、2004 年にバスシステムを中心とした大規模な公共交通改革を実施したことで、利便性が格段に向上して利用者が大幅に増えました。公共交通改革のベストプラクティスと言われていますが、その改革を支えてきたのが交通情報の一元管理とそれを有効に活用する仕組みであるといえます。

わが国では、今はIC カード乗車券データや運行データ別に情報統合化が進められてきていますが、ゆくゆくはソウルのように、これらをすべて統合する仕組みや組織ができることを願っています。