「駅」と「まち」の風景

まち

(一財)計量計画研究所

代表理事 岸井 隆 幸

 

 

わが国の鉄道が開業したのは1872年10月14日6月12日に仮開業であった。今から150年前の出来事である。それ以来、まちと人と鉄道は「駅」によって結ばれてきた。
「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにいく」(石川啄木)
「いつもより一分早く駅に着く一分君のこと考える」(俵万智)
「冬の駅ひとりになれば耳の奥に硝子の駒を置く場所がある」(大森静佳)
全国駅名事典星野真太郎著、創元社、2016年によれば、全国に駅は9900前後あるが、そのうち約57%は1934年までに開設されている。
つまり、まち・人・鉄道がともに歩んできた時間が現在の平均寿命(84.3歳)を超える駅が半数を超えるのである。その意味では「駅のある風景」は、生まれた時からある「故郷の風景」と重なる。
「汽車の窓はるかに北にふるさとの山見え来れば襟を正すも」という啄木ほどの感性や悲壮感はないにしても、何故か自宅がある駅が近づくと目が覚める経験をされたことはないだろうか。「ない」とおっしゃる方は「家」に対する思いが足りないのかもしれない。
2022年の第35回第一生命サラリーマン川柳コンクールの優秀作品の中に、以下のような句が見受けられる。
「久しぶり妻とお出かけ接種場」(第13位作品)
「娘とはアクリル板より厚い壁」(第23位作品)
産業革命によってもたらされた職住分離のライフスタイル、鉄道を利用する通勤・通学は日常の世界、ごく当たり前の風景であったが、リモートワークが進み少しずつ変化してきている。1991年同コンクールの第1位作品は「まだ寝てる帰ってみたらもう寝てる」であったが、こうした情景はそろそろ終わろうとしているのかもしれない。「テレワークいつもと違う父を知る」(2021年第34位作品)「通勤・通学の風景」の中にあった「駅」も、「人々が集う広場の風景」の中に映り込もうとしている。