富山大学教授(未来構想PF理事)
金山洋一
日本の新幹線整備について、土木学会新幹線WGの主査として内外比較等を通じて評価を行い、6月にプレス発表を行った。この取り組みを題材に評価に係る姿勢を紹介したい。
1点目は「定義」付けである。内外で高速鉄道の定義が異なっていては比較にはならない。そこで、国連の定義に倣い、最高速度が時速200km/h以上の路線とした。日本の新幹線の定義(全幹法)にも符合する。余談だが、哲学では、朽ちた素材(木材)を新しく交換して全てが変わったある船は、はたして同じ船なのかと言うパラドックス「テセウスの船」が知られているが、船の「定義」を最初に行えばパラドックスになりにくい。
2点目は「外見より本質」である。日本で内外の高速鉄道の整備延長を比較している事例は少なくないが、外見(結果)を生んだ計画理念が本質なので深掘りした。日本は、「国民経済の発展及び国民生活領域の拡大並びに地域の振興に資する」(全幹法)であるが、例えばフランスでは交通権・連帯(地域間の均衡や地球環境)など、ドイツでは「インフラと移動の可能性(モビリティ)は成長とQOL(QualityofLife)、仕事の基礎をなす」、「モビリティが実現しないと繁栄はない」である。なお、「計画」の位置づけも内外で相違がある。欧州ではある程度予算とセットで完成目標時期も示されているため、対する日本の計画は少なくとも基本計画路線ではなく、整備計画路線とした。
3点目は「空間軸」(分野軸)ともである。鉄道を視野の中心に据えると、思考が鉄道オリエンテッドになりやすい。例えば、「鉄道」からバス等を含む「公共交通」、「二次交通」へ、「鉄道」から航空等も含む「都市間交通」へ、そして、「鉄道」(線)から「都市」(面)への広がりは、総合的観点での評価に繋がる。欧州における、高速鉄道の効果を発揮するための「二次交通」の重視、地球環境問題の観点からの中距離帯における鉄道の役割と航空
路線の廃止、非商業領域における都市経営の一環としての公共交通の利便性提供などの政策的視点が該当する。余談だが、日本の地方部では「鉄道を支える」との考えも散見されるが、都市と鉄道の一体性の観点からは、支える対象ではなく(鉄道の維持自体が目的ではなく)、都市の将来にも関わる判断(自分ごと)となる。
4点目は、「客観的評価の実践」、または「標準を調整した評価」である。日本の価値観に囚われない評価はなかなか難しいように見える。例えば、日本では、大都市を結ぶ新幹線の路線延長当りの輸送量が多いことを誇る論調も見られる。しかし、輸送量が小さくても国家的見地から整備を進めている欧州には違う評価になるかもしれない。そもそも、鉄道全般について、欧州では運行費の2~8割が公的資金で賄われていることに一般の日本人は驚くが、欧州では公共交通が政府の責任領域にあるため、公園管理や消防などに比べると、8~2割が運賃収入で戻ってくるので、むしろ優良事業と見なされるとも聞く。なお、ここでも前提は異なり注意が必要である。上記の公的資金割合の前提には、インフラはいずれも公設公有であることがある。加えて、サービスレベルと連動する運行経費の前提も異なる。欧州のサービスレベルは、地方部も含め総じて利便性が高い。なお、欧州は採算度外視と思われるかもしれないが、都市・国土経営としての収支(定性的な社会経済効果を含む)で考えているといえる。所謂先進国の中では、事業単体の収支に強く着目するのは日本特有と言える。
5点目は、時間軸である。高速鉄道を結ぶ都市の規模が40万人や30万人だとすると、日本では「需要」があるかないかで受け止めがちであるが、上述した都市視点(空間軸)に「時間軸」を加えた、それらの都市(経済、人口など)の数十年後の姿をどうしたいのかといった観点の評価も成立する(ドイツにおけるモビリティの考え方が該当)。
言うまでもなく上記観点は単独ではなく複合的である。そして私たち技術者は「技術」も常に意識する必要がある。例えば、欧州では、高速鉄道専用線の整備だけでなく直通先在来線の高速鉄道化改良も主流である。その外見からは、国内でも在来線を活用して高速鉄道化すれば良いとの考えが導かれる。しかし、「技術」で見ると、欧州では都市間の在来線線形は日本の東海道新幹線並みで、かつPSOを背景に、踏切除却や信号改良といった取り組みが長年進められてきた蓄積がある。同時に、地域輸送や貨物輸送を傷めないよう、在来線の複々線化やバイパス線建設も行っている。他方、スペインは高速鉄道専用線に特化して盛んに整備を進めている全県庁所在地を結ぶ計画。スペインは在来線の線形や配線単線等の品質が低いため、直通乗入れ及び高速化改良に膨大な資金と工期が必要となることから、上記判断をしたと言える。
昨今、今後の新幹線整備が話題になってきている。しかし、地方都市では鉄道等公共交通を軸とするコンパクトプラスネットワーク政策が基本的な生き残り策であり、貨物鉄道はトラックのドライバー不足問題や地球環境問題を背景によりこれまで以上に大きな役割が求められつつある。
日本のこれらの課題に対し、鉄道事業者の視点だけではない鉄道と都市などに関わる総合的な知見と「技術」は益々重要になる。当プラットフォームの役割も一層大きくなっていくと言える。
<補足>
本稿を参考に新幹線WGの報告書をご覧いただくと良いと思います。なお、本稿の図番号は同報告書による。
https://committees.jsce.or.jp/kikaku/system/files/2023ChekUP_Shinkansen-ALL_0.pdf