森本章倫
早稲田大学理工学術院 教授
1990年代に米国で提唱された公共交通指向型開発TOD(Transit Oriented Development)は、人と環境に優しい開発として注目され、持続可能な都市を構築する手法の一つとして実用化が進んでいる。カルソープ(1993年)によると、提案時のTODは「駅と中心商業地から平均歩行距離が約600mの範囲内に開発された複合的コミュニティ」と定義されている。その後、TODの導入効果や課題について様々な研究が行われ、世界各地で導入事例が増えている。
TODの導入が進む一方で、駅前開発という物的計画の重要性が強調され、地域コミュニティの継承が軽視されがちであるという指摘もある。あるいは歩行距離を意識しすぎて、多様な交通手段によるアクセスに対応できていないという課題もある。これに対応してサンディエゴでは2015年に”Transit Oriented Districts “という戦略を策定し、Developmentの代わりに「District」を用いて、駅と周辺コミュニティ、さらには地域の文脈との関係の重要性を強調した。また、対象地区を5分以内(徒歩5分、自転車5分、車5分を含む)とすることで、駅のキャッチメントエリアを拡大している。また、同年にロサンゼルス・メトロ(LA Metro)はTODを超えるビジョンとして、Transit Oriented Communities (TOC) Demonstration Programを開始し、従来の0.5マイルの境界線を交通機関の駅を中心に1~1.5マイルに拡大して定義した。TODの概念提唱から四半世紀が経過するなかで、まちづくりとの融合が模索されている。
一方で、我が国の鉄道沿線開発は20世紀初頭から民間鉄道事業者を中心に進められ、既に一世紀が経過している。その中で鉄道駅の周辺には様々な機能が集積するとともに、コミュニティや多様な文化が醸成されている。これまで都市計画においても、駅周辺地区は重要視され、古くは都市計画マスタープラン(1992年~)で、近年ではコンパクトシティ形成に向けた立地適正化計画(2014年~)において都市機能を誘導すべき拠点として位置づけられている。さらに、2020年に国交省は駅を中心としたエリアを「駅まち空間」と定義して、駅と周辺地域の統合的なまちづくりの必要性を提唱した。駅まち空間とは、「一体的な空間の活用や機能の連携が期待される、駅や駅前広場を中心とした空間」を指す。鉄道事業者や開発事業者、地方公共団体などの多様な主体が連携して、駅とまちが一体となった空間整備を進めようとしている。そこには、長い歴史のある駅周辺の都市アセットやコミュニティを活かしつつ、ICTや自動運転などの新しい技術を取り込んだ柔軟なまちづくりのプロセスが提案されている。
海外で誕生した TODが地域との融合を模索する中で、鉄道沿線開発の長い歴史を有する日本から、「駅を中心としたまちづくり」の手法を世界に向けていち早く発信することが期待される。