新しい交通ビジネスの動向と今後の都市鉄道計画

まち

政策研究大学院大学政策研究科准教授

日比野 直彦

スマートフォンの普及、情報通信技術の進展により、人々のライフスタイルや交通行動が急速に変化している。例えば、米国のボストンでは、カーシェアリングに登録する際に、新規登録者の約40%が自動車保有を止めたことが報告されている。また、自動車を手放すにあたり、公共交通の利便性が高く、カーシェアリングがしやすい場所への移転ということが起きている。このように、公共交通のサービスが改善されていない場合においても、カーシェアリングの普及がライフスタイルを変え、公共交通の需要に大きく影響を与えている。交通計画・政策を考える上では、交通サービスの変化による需要の変化を推計することに加え、ライフスタイルの変化に伴う交通行動の変化をできるだけ正確に予測し、それに対応していくことが重要となっている。

しかしながら、東京圏の都市鉄道計画においては、これらの変化を反映できる方法が適用されておらず、従来のトリップベースの分析がなされてきた。昨年公表された国土交通省交通政策審議会答申第198号(東京圏における今後の都市鉄道のあり方について)においても、その分析結果に基づいた将来計画が策定されている。少し専門的なことを書かせていただくと、30 年前の運輸政策審議会答申第7 号における非集計モデルの適用、15 年前の運輸政策審議会答申第18 号における経路選択行動への非IIA 型非集計モデル(プロビットモデル)の適用は、世界レベルに追いつき、さらには追い越したという感があったが、その後十数年間も分析方法の抜本的な見直しがなされることがなく、トリップベース、ツアーベースからアクティビティベースへと世界の潮流が変わる中、従来の方法を踏襲してきたことにより、世界から後れを取り、それが現在大きな課題となっている。昨年まで筆者が赴任していたマサチューセッツ工科大学(MIT)の講義では、198 号答申で適用された方法は古典的な分析方法と教えられており、深く反省させられることになった。

本稿では、米国での経験を踏まえ、新たな交通ビジネスの動向を紹介すると共に、今後の東京圏の都市鉄道計画に向けた私見を述べる。具体的には、ボストンにおけるバイクシェアリングのHubway、カーシェアリングのZipcar、ライドシェアリングのUber について簡単に紹介し、アクティビティベースの分析の必要性とその実現に向けた着眼点を書かせていただく。

Hubway は、連邦政府と地方自治体からの450 万ドルの出資により、600 台の自転車、60 箇所のステーションで2011 年から導入されている。現在では、1600 台、160 ステーションに設備も拡張され、年間約120 万人が利用している。使用方法は簡単で、スマートフォンからオンラインでパスを購入し、そこで得られる番号を入力してロックを外し、あとは、利用してステーションへ返却するだけである。30 分以内に返却すると追加料金はかからない。どこにステーションがあり、何台利用可能かは、オンラインで確認することができる。このシステム導入により、自転車利用が浸透し、多くの道路において自転車レーンが整備されている。

Zipcar は、MIT でMBA を取得したRobin Chase と Antje Danielson の二人の女性により、1999年にケンブリッジで創業されたカーシェアリング会社である。2001 年にワシントン DC、2002 年にニューヨーク、2005 年にサンフランシスコと拡大を続け、2006 年には米国以外の都市でも展開するようになった。現在では、カナダ、イギリス、スペイン、フランス、オーストリア、トルコと国を増やし、世界250 都市以上でサービスを展開している。先に述べたが、1999 年のZipcar の初期登録の際、登録者の40%が自動車を手放している。レンタカーよりも便利で安いため、多くの人が利用しており、Zipcarの出現が人々のライフスタイルを変えているといっても過言ではない。近年の動向としては、2013 年の売り上げが2 億4600 万ドルにまで成長、同年3 月に、 Avis Budget Group が5 億ドルで買収するということが起きている。2014 年からは、ボストンにおいてワンウェイ(乗り捨て)のサービスを開始した。また、2015 年の登録車両数は約1 万台であり、会員数は90 万人を超えている。これは、日本でも展開しているタイムズカープラスの約2 倍の多さである。

Uber は、自動車配車ウェブおよびアプリを提供し、オンラインで自動車配車を行っている2009 年創業のライドシェアリング会社である。わずか数年のうちに60 カ国以上、500 都市以上に拡大しており、2015 年の利益は約100 億ドルとなっている。日本へも進出しているため、Uber の名を知っている人も多いだろう。近年では自動運転への出資等、新たなビジネスの展開も行っている。また、UberX、UberXL、UberBLACK 等の様々の種類のサービスを展開しており、利用者は目的に応じて選ぶことができる。ボストン滞在時には、通常はUberX を、大きな荷物があるときはUberXL をといったように、筆者も使い分けていた。利用方法は、スマートフォンのアプリに現在地と目的地を入力すると周辺にいる自動車を配車してもらえる。目的地を事前に知らせることで、ドライバーに説明することも省け、また運賃設定の低さやチップを基本的に支払う必要がないことから、タクシーよりも安くなっているため、多くの人が利用している。カリフォルニアでは、Uber の進出によりタクシー会社が倒産したという話もあるほどである。

ボストンだけでなく米国では、自動車も自転車も、個人所有から共有へと価値観が変化していることは確かである。本稿で紹介した交通ビジネスは、数年間で急速に発展しており、そして、その成功を基にし、多くの都市、国に展開したり、ロジスティクス、自動運転等へとビジネスを広げたりしている。米国の交通学会においても、これらを対象とした論文が増加化しており、学術、実務の両面において着目されていることは間違いないであろう。ただし、このビジネスモデルを日本に適用するには多くの課題があることは事実であり、さらにこのモデルが持続可能なものかについては疑問が残る。しかしながら、一つ確実に言えることは、スマートフォンの普及、情報技術の発展を背景に、若い創設者が、自らのアイデアで新たな交通ビジネスを誕生させ、それにより人々の生活、交通行動を変えていることは紛れもない事実である。

これらの変化は、近い将来、わが国でも起こるであろう。また、人口減少・少子高齢化の進展や訪日外国人の増加等によるライフスタイルの変化も容易に想像でき、個々のトリップに着目しているだけでは不十分であることは言うまでもない。交通は、活動の派生需要であることからすれば、将来の活動そのものを予測することは必要であり、さらに言えば、将来どのような生活をすべきかを考え、それをデザインしていかなければ、新線建設等の大規模事業が減少していく中では、都市鉄道計画など意味がないものになってしまうであろう。少なくともアクティビティベースの分析を適用し、活動変化に伴う交通行動の変化を記述することは必要である。

適用に向けて着目すべき点は、長期の需要推計への適用ということである。仮に次期交通政策審議会答申があるとすれば、そのマスタープランは、今から15 年後に30 年後に描くことになる。すなわち、今からチャレンジしていくことは、未だ顕在化していないアクティビティを考え、企業立地や世帯の住み替えまでも内在化した分析を行い、プランを創ることになる。そこで重要となるのは、難しい数式を解くことや、パラメータ推定の精度を高めることなどではなく、現場を見て、人々の行動をじっくりと観測し、あるべき「まち」「生活」「交通」を具体的に考え、それをデザインすることである。それがあってこそ、最先端の科学的な分析が意味を持つと考える。未来のまち・交通・鉄道を構想するプラットフォームのWS が、それを行う一つの場として機能し、さらには産学連携によるデザイン、分析が進むことを願っている。最後に、本稿が皆さまの何かにお役に立てれば幸いである。