リスクコミュニケーションと鉄道

ひと

 

日本交通技術㈱
代表取締役社長
舘山 勝

 

鉄道総研を退職し、上野に勤務して6年目となる。2020年の着任当時はまさにコロナ禍の真っ最中で、同年4月~翌年7月にかけて4回の緊急事態宣言が発出され、通勤電車はガラガラ、浅草でさえ人通りは少なく、たまに会う人はマスクに手袋、帽子と、感染リスクに備えて重装備の方が多かった。
一方、同じ上野でもアメ横のガード下では緊急事態宣言下にも関わらずお酒を提供する店が連なり、多くの人がマスクも付けず日中からジョッキを傾け、大声を出しながら五輪観戦を楽しんでいた。人それぞれ、いろんな考えがあると思うが、いずれにしてもコロナに限らずリスクに対する捉え方には個人差がある。
「安全は輸送業務の最大の使命である」は、国鉄時代に徹底的に叩き込まれた安全5則の第一項目である。しかしながら、民間となったJRや民鉄はリスク回避のために無限に経営資源を投入することは出来ない。また、仮に無限に経営資源を投入したとしても、リスクをゼロとすることは所詮出来ない。
例えば、私が永く研究に携わっていた耐震設計や地震対策について、莫大なお金をかけて耐震化を進めたとしても地震事故をゼロにすることは出来ない。鉄道で許容されるリスクはどこまでか、どの程度の費用増加まで許して頂けるのか、といった落しどころを見つけることに研究者としてのジレンマを感じていた。
近年、このようなジレンマを解消する方法としてリスクコミュニケーションが注目を集めている。リスクコミュニケーションとは、起こりうるリスクの確率を算出し、災害や事故など企業が抱えるリスクを利用者や近隣住民などと情報共有し、相互理解を目指す手法であり、いろいろな場面に用いられるようになってきた。
例えば、巨大地震の場合には、たまたまその時間に鉄道に乗って事故に合う確率よりは、自宅に居て家が崩壊する確率や、道路を歩いて壊れた塀の下敷きになる確率の方がよっぽど高いように思われるが、いろいろな事故や災害の発生確率を公開した上で、鉄道利用者が許容できるリスクと、許容可能なリスクに収めるための費用(運賃の増加分)を利用者に評価して頂く方法である。
現在、鉄道が直面するリスクは地震だけではない。近年の気候変動に伴う激甚な自然災害、急速に進むデジタル化に潜むサイバーセキュリティの脅威、労働力不足による維持管理の質の低下など、鉄道経営におけるリスクは、従来の「事故防止」という枠組みを遥かに超え、経営の根幹を揺るがす複合的なものへと進化している。
現役の皆様には、複雑・難解な問題であるがゆえに、是非ともこのような観点での研究や評価を進めて頂きたいと願っている。