「計画・設計」と「施工」と「運営・保守」のインテグレート

みんなの未来構想

鉄建建設株式会社 会長

橋口 誠之

国鉄・JR の建設部門で長く計画・設計業務に携わり、最後の6 年間ほど鉄道事業本部で運営・保守部門の仕事に関与しました。そして、この6 年間、建設会社で施工部門の仕事をしています。その立場から見てみると、各部門の従事者は、誠心誠意、寝食を忘れて、その使命の達成に努めていることは、間違いないと思います。しかしながら、その努力は、部分最適に留まり、全体最適のためには、まだまだ改善の余地が大きいと思います。

アメリカで落橋等の事象が相次ぎ、「荒廃するアメリカ」が出版されて、インフラ老朽化について警鐘が鳴らされたのが、1981 年です。日本でも1999 年に、山陽新幹線の福岡トンネルの覆工が剥落して列車にあたるショッキングな事故が起こりました。2012 年の笹子トンネルの天井板落下事故は記憶に新しいところです。コンクリートの中性化やアル骨反応にも頭を悩ましています。インフラのストックが増大するとともに、老朽化が問題になってきたのです。更に加えて、高架橋のコンクリートの小さな破片が落下しても許されない程、都市化が進み、保守への要求レベルが高くなってきています。しかしながら、これらは、老朽化の一言で片付けるべき問題ではないと思います。インフラの計画段階から、ハード設計をしっかり考慮したものとし、設計段階では運営・保守をしっかり考慮して行い、施工では、設計思想を十分に頭に入れて入念に行えば、構造物は簡単に老朽劣化しないことは、識者が等しく言うところです。一方、計画・設計では、施工のことを十分に理解して行わなければならないことは言うまでありません。運営・保守段階でも設計・施工の時点での知識が求められます。しかし、残念ながら、それぞれの段階のスペシャリストは育っていますが、それらを統合して考えられる人材は少なく、また、総合して議論する機会も極めて稀です。

また、近年、災害への対応が大きな課題になってきています。我々の世代は、冷静に分析すると、地震にしても、水害にしても、災害の非常に少ない半世紀強を生きてきたと考えた方がいいと思います。今、日本列島は明らかに地震・火山の活動期に入ってきたように見えます。過去の研究も進み、津波高さや到達地点の考え方も抜本的に変わりつつあります。地球温暖化で列島は亜熱帯化し、気候が荒くなり、降雨強度等も見直さなければならない時期に来ています。2011 年に入り、3.11 の東日本大震災で、「想定外」と発言して非難されるケースがありましたが、「想定外」を言い訳の種に使うのは論外として、全てを「想定内」に置いて、ゼロリスクを達成できる程、人間の知恵は高くなく、大自然は偉大です。我々はもっと謙虚にならなければなりません。起こった災害から多くを学び、一歩一歩安全性を高めていく地道な努力が欠かせません。運営・保守を担っている部門の情報を、的確に計画・設計にフィードバックする仕組みと機会を充実する必要があります。逆に大自然の脅威に対しては、100%力で対抗することも不可能です。津波にしても集中豪雨にしても、出来る限りハード整備で防災レベルを上げる、それを超える部分は、避難等運営・保守でカバーする、更に、都市計画・土地利用計画により、ハード対策で防ぎきれない分野を補う・・・という総合的な対策が必要です。

また、津波は、リアス式海岸だけでなく、平坦な地形でも大きな被害をもたらし、しかも海岸線から相当奥まで達することは、大半の国民にとって常識外でした。未来に向かっての新しい科学技術の進歩を目指す一方、過去の歴史に学び、考古学、地質学を活用するといった、アプローチも重要だということが再確認されました。土木工学は、機械や電気と異なり、狭い分野の専門技術だけでなく、広範囲の科学技術を統合して、社会が必要なものを生み出していくのが特徴です。計画・設計、施工、運営・保守が専門化・分離しているのではなく、インテグレートの必要性を感じます。各組織内での仕事の流れの統合や、組織間の人事交流が必要な時代に入ったと思います。

計画・設計、施工、運営・保守の統合に、重要な役割を果たすことが出来るのが土木学会です。主に「学」主体の組織である建築学会と異なり、産学官にまたがった活動を展開する土木学会の活動の中に、計画・設計、施工、運営・保守の統合に関する研究や情報交換の場が望まれます。残念なのは、建設会社の経営者の中に土木学会の重要性が理解されていない傾向を感じます。学会活動への参加がコンサルタントと比べて、建設会社は少ないように感じます。特にトップレベルの参加が、学・官に比べて少ないように思います。

最後に、統合に関して、受発注業務の改革が不可避だと思います。談合問題という不幸な事態を官民上げて解決しましたが、それを契機に新たな問題が発生しました。発注者側は、安ければ安いほどいいという考えが蔓延し、受注者側には、過当競争下では、赤字でも取った方がいいという因果な考え方から抜けきれずにいました。そこには、計画・設計、施工、運営・保守のサイクルを最適に回すという考え方は全く欠如しています。例えば、施工のことを全く考慮しない過密配筋の設計図が横行しています。
現場の状況や施工方法を全く理解しない発注者・設計者・監督者が沢山います。受注者側では、誠心誠意優良な提案をしても、どうせそれを評価するために汗をかいてくれる発注者はいなくなったと割り切るようになりました。こんなことで、安全で品質の良い、耐久性の高い構造物が出来上がり、長期間に亘って運営保守の効率が高く、利用者が快適に安全に利用できるインフラが構築できるのでしょうか。
昔は、難関に直面して、発注者、受注者が現場で一緒になって泥まみれになって知恵を出し合い、助け合ったものでした。受・発注者が近づくのは癒着につながるということで、敬遠することが背景にあります。最近ようやく、国土交通省を中心に、受・発注業務の改革の兆しが見えて来ました。是非、癒着の危険性を回避しつつ、しっかりした情報交換をすることによって、国民が何世代にも亘ってインフラの恩恵を享受でき、発注者、受注者が双方納得できる仕組みが広範囲に確立することを強く望みます。