美谷邦章
JR東日本国際事業本部インド高速鉄道部門
未来構想プラットフォームに寄稿する機会をいただきまして誠にありがとうございます。なお現在も進行中である当該プロジェクトを具体的に記述することは難しく、概要に留めさせていただくことになろうかと思いますのでご理解いただければ幸いです。
まず当該プロジェクトの経緯から振り返りたいと思います。インド高速鉄道プロジェクト(ムンバイ~アーメダバード間)は、2013年5月の日印首脳会談・日印共同声明で共同調査の実施が決定、2013年12月~2015年7月の期間で日印共同調査(フィージビリティスタディ)が行われました。それに基づき2015年12月に日印首脳会談で「日本の新幹線方式を採用」することが示され、その後2016年3月から技術基準の策定などを行う制度整備支援調査が行われる一方、2016年11月の日印首脳会談で「2018年着工、2023年開業を目指す」ことが確認されました。
2016年12月からは、実施段階となる設計や入札図書の作成、ならびにインド高速鉄道公社(当初協議の相手先はインド鉄道省、2017年2月に事業主体となるインド高速鉄道公社が設立)への入札業務支援を行うインド高速鉄道詳細設計調査業務がJICAの有償支援勘定で開始され、日本コンサルタンツと日本工営・オリエンタルコンサルタンツのコンソーシアムが受注、私はその業務を実施する調査団の副総括としてこれまで従事してきました。
2016年12月の詳細設計調査最初の渡航で、大気汚染で白く煙るデリー空港にわずかなメンバーで降り立ちデリー近郊のグルガオンのオフィスで業務をスタートし、年を越したことは今では懐かしい思い出です。その後グルガオンで広い新オフィスに移転するとともに調査団の体制を順次整え、日本人・インド人含め、断面では200名を超える団員が現地オフィスで執務し課題解決にあたってきました。
“紆余曲折”ありましたが、各入札パッケージの設計図や入札図書を準備し、2019年末に当初より懸案であった全体工程・全体事業費の見直しも政府間で合意され、いざこれからという時、2020年に入り新型コロナウィルスの感染が世界中に広まりました。インドでは2020年3月に突然インド国全土がロックダウンとなり、その際私もインドにおりましたが、業務が継続できないため残っていた日本人専門家と臨時便で全員日本に帰国しました。その後コロナ禍において日本人の渡航は行わず、オンラインで打合せを行い、現地のインド傭人も活用しインド高速鉄道公社と協議を行いつつ業務を進めています。プロジェクトは昨年2020年9月の安倍首相・モディ首相会談後の政府間協議の進展により入札手続きが加速化し、一部土木パッケージの工事契約がなされ、土木建築工事が現地で開始されています。
当初は3年3か月の工期で2020年3月迄だった詳細設計調査業務も、期間延伸が2回行われ現在も継続中、2021年11月までの現工期は2022年10月まで再延伸される予定です。
ここで、上述の“紆余曲折”の一例を記載させていただきます。2016年12月の詳細設計調査業務の開始にあたり設計条件の確定が必要でしたが、インド側からの新たな要望や検討要請も多く、設計条件がすぐに決められるわけではありませんでした。幾つもの協議事項がありましたが、その内、ここでは線形計画の見直しについてお伝えしたいと思います。
日印共同調査で合意した線形計画ですが、定められた線形上には既存施設(インド国鉄、貨物専用線(建設中)、道路等)が多くありました。取り決め上、用地買収や支障移転などはインド側実施事項であり、インド高速鉄道公社に対し、インド国内の関係機関との協議(用地買収、インド国鉄等との支障移転協議、道路等との交差協議など)を行うよう要請しました。橋梁や高架橋の設計条件を固めるためにも、資料は当方で作成しますが関係機関との合意についてはインド高速鉄道公社が得る必要があります。たとえばアーメダバードは、高速鉄道の駅が在来線と併設で設置される計画で、駅前後には在来線に沿って比較的広い鉄道用地があり高速鉄道はその用地を利用する計画となっていました。しかしながら鉄道用地内でインド国鉄の既存施設(駅施設、機関区、ヤード等)との支障があり、協議を始めると、施設の移転には国鉄側の強い抵抗がありました。検討を行い一部は橋梁のスパンを長大化することによりクリアしましたが、それだけでは解決が難しい箇所も多くありました。またそれまで明らかになっていなかったインド国鉄の将来計画線が高速鉄道の線形とオーバーラップしていることが判明するなどの事象もありましたが、議論の結果、高速鉄道の線形を数百mにわたり数箇所、支障の少ないアラインメントに変更することとなりました。我々もこのような状況は想定しておらず、急遽JICAに追加業務を要請し、インド高速鉄道公社と合同で現地調査を実施し線形計画を再策定しました。現地では案内人をつけて線路内や沿線周辺を踏査しましたが、酷暑の中の調査作業は非常に厳しいものがありました。新たな線形計画で支障範囲を確認しインド国鉄に了解を取って最終決定に至るまでに相当の労力、時間を要しました。
インド高速鉄道が特別な経緯を持つプロジェクトであるとは言え、設計業務が開始になっても線路線形が確定していないというのは日本では考えられないことだと思います。鉄道インフラ輸出の促進が話題になりますが、相手国における対象プロジェクトの位置づけ、どのような土俵(制度面など)でプロジェクトが実施されるのか、より上流の段階での整理をできるだけ行う事が、日本企業が参画していくうえで大切ではないかと感じた次第です。
今回一部のトピックのみご紹介させていただきました。インド高速鉄道プロジェクトは未だ途上であり我々関係者のチャレンジは続いています。会員の皆様が当該プロジェクトに触れられる機会があれば、是非ご支援ご協力をいただけますよう宜しくお願いいたします。