(一財)運輸総合研究所 主席研究員
伊東 誠
1 東京圏(1都3県)への人口の集中
日本の人口は2010年をピークに減少傾向に転じているが、東京圏の人口は依然として増加の一途をたどっている。動向と要因を4つの期間に分けて見てみよう。第1期は1950年代から70年代初頭にかけてで、第一次産業を基盤としてきた地方には増加する若者の就業機会がなく、一方、第2次産業により急速な経済成長を遂げている大都市地域では労働力が不足し、その結果地方から都市への大量な人口移動が発生した。「集団就職」の時代である。この期の後半には第1次ベビーブーム世代が就職、大学進学の年齢となりこれも大量な移動の要因となった。東京圏に転入した若者が結婚そして子供の誕生と、社会増と自然増の両者が東京圏に急激な人口増加をもたらした。第2期は`70年代中頃から`80年代で、高度経済成長が終焉し安定成長に転じる中で東京圏と地方との格差が縮小し地方からの人口流出圧力が低下した。転入は減少し、主に自然増で人口が増加した。
第3期は`80年代後半からのバブル経済の期間で、自然増は減少傾向を辿ったが経済のサービス化の進展や金融機能が東京に集中したこと等で東京圏の転入は再び増加し、東京圏の一極集中が強まった。但し、地方の出生率が長期に亘り低下していたので、活発に移動する世代の人口規模は第1期に比べ小さく転入者も比例して少ないものであった。第4期はバブル経済の崩壊以降で、転入・転出者ともに減少し`90 年代半ばに一時期であるが東京圏は初めて転出超過を経験した。`90 年代の終わり頃からさほど大きくない規模の転入が継続する一方で転出が減少し、結果として転入超過が続いている。`00年以降5年ごとに50~100万人程度増加しており、例えば島根県あるいは杉並区の人口が凡そ56万人なので、5年ごとにこれらの自治体が1つ乃至2つ東京圏に誕生している勘定になる。`15年以降も国勢調査ベースの推計値によれば同様な増加傾向が続いている。
東京圏内部を見ると、第一期の前半には地方からの転入者は主に区部に居住したので東京都の人口は社会増により増加した。その後この転入は急速に減少し、第1期半ばの`60年代後半から`90 年代半ばまで区部から多摩、埼玉、千葉、神奈川への転出超過と郊外部での自然増が続く「ドーナツ化現象」と呼ばれた居住の郊外化が進んだ。バブル経済崩壊後、都心の地価が下落する中で、経営悪化の企業が手放した用地、国鉄清算事業団用地そして臨海部の工場の用途転換等大量の用地に高層マンションの建設が進んだこと等により、`00年に区部がおよそ30 年ぶりに転入超過となる「都心回帰現象」が起こり現在もこれが継続している。但し、ここ数年わずかではあるが再び郊外化の兆しが見えている。
2 都心部における大規模オフィスの増加
東京タワーの展望台に時々上がり都心の景色を見渡すと、大規模オフィスビルが急増してゆく様が良くわかる。私がこの界隈で働くようになった40年程前には、高層ビルは、目の前に霞が関ビルと貿易センタービル、そして遠くに新宿副都心ビル群、池袋のサンシャインビル等、疎らにしか見えなかったものが、現在では雨後の筍のようだ。
急速な情報化、国際化、少子高齢化等の社会経済情勢の変化へのわが国の都市の対応の遅れを背景とし、都市機能の高度化及び居住環境の向上を目的に`02年に都市再生特別措置法が制定された。この法律で定める都市再生緊急整備地域で、新たに都市計画の各種規制を大幅に緩和できる都市再生特別地区を指定できることとなり、あわせて民間都市再生事業計画の認定制度と、これに対する金融支援等の支援措置が定められた。`11年の改正で、支援措置が一層強化されている。
この制度創設により`00年代初頭から、東京都心部の大規模再開発事業が急速に進み、都心部に多数の大規模オフィスが立地した。`00年から`18年における23区での大規模オフィスの立地件数は約480件で総床面積は約2000万㎡である。このうち70%は都心3区で、都心部の従業人口は大幅に増加した。国勢調査によれば、`00年から`15年において都心3区と副都心で従業人口が66万人増加(東京圏全体の増加の50%強)している。
3 インバウンド客の急激な増加
新宿西口の古くからある居酒屋横丁に行くと、店内で飲む客のほとんどが外国人という一昔前には想像ができなかった驚くべき光景を目の当たりにできる。JNTOの統計によると`70年代には100万人、`80年代には200万人、`90年代には3~400万人程度で推移していたインバウンド客は`02年に500万人に達すると加速し、およそ10年後の`13年には1000万人、`16年には2000万人を超え`18年には3000万人を突破した。最近、街中や観光地で見かけるが外国人が本当に多くなった。
急速な増加は様々な要因が複合的に重なったことによる。ベースにアジアの国々の経済成長による旅行者の増加があり、ユネスコ無形文化遺産へ登録された「和食」、アニメ、ゲーム、化粧品、電化製品などを通じた日本への関心の高まり、加えて円安の進行、LCCネットワークの拡大があった。政府も、ビザ要件の免除と緩和、「ビジットジャパン」官民連携キャンペーンの実施、免税制度の拡充を行なった。
観光庁の統計資料等を用いて推計すると東京圏には年間11~13百万人(2017年:全目的)が訪問し、1日当たり平均17~30万人が滞在、その人達が鉄道を利用し観光等をする移動が約34~58万トリップ/日との結果を得た。この多くは山手線内の鉄道路線を利用している。
長期的な人口減少社会を迎えているわが国において、インバウンドには社会経済の活力を維持する効果が期待できる。インバウンド客数を海外諸国や諸都市と比較すると全国、東京のいずれのレベルでも大きな格差があるので、政府が新たに目標としている6000万人(2030年)を上回り、増加する余地は大きい。
4 鉄道需要の動向
人口増加を背景として鉄道需要も増加の一途をたどっている。`15年度の総輸送人員は約160億人/年と1955年度の40憶人/年からの60年間で約4倍の増加となった。事業者別にはJR東3.1倍、私鉄4.9倍、地下鉄25.0倍となっている(都市交通年報)。`15年以降もこの傾向は続いている。鉄道事業者はじめ関係者の努力により940kmの新線建設・延伸、420kmの複々線化・複線化が行われ、その結果車内の混雑は大幅に改善したが、混雑率の目標である150%を上回る路線が依然として数多く存在している。混雑は車内のみならず駅、線路にも発生している。駅周辺に大規模オフィスや高層マンションが駅容量と無関係に立地した結果、利用者がさほど多くなかった駅でも、エスカレーター・階段・出入口で長い待ち行列ができる、ホーム上の滞留客が増加し移動に支障を来たすといった混雑が発生している。また、この混雑に起因した列車遅延が常態化するという新たな問題も発生している。
5 将来の人口と鉄道需要
国、地方自治体等の政策検討に活用されている国立社会保障・人口問題研究所が5年ごとに実施している人口予測は、東京圏に関し実績値に比し過少推計を繰り返しているので、当研究所の研究会で東京圏の人口予測を行った。この予測によれば夜間人口は`25年まで増加傾向を続け、その後減少傾向に転じるが現在(`15年)の人口規模を下回るのは`40年頃で、それまでに凡そ25年を要する。
これを踏まえて就業、従業、就学、従学人口を予測し、交通政策審議会189号答申に使用した交通需要予測モデルにより`30年の鉄道需要を予測した。人口増加、高齢者、女性の就業率の増加等により`10年に対し`30年には東京圏全体の鉄道輸送量は10%強、山手線とその内部の路線で24%、郊外部から都心部へは7%程度増加し、最混雑区間の混雑率もほとんどの区間で現状を上回るとの予測結果を得た。
6 鉄道サービス向上への課題
上記を踏まえ、鉄道サービス向上に向けた課題を紙面の都合上5点だけ述べる。
(1)車両、駅の混雑緩和と遅延の解消に資する鉄道施設容量の拡充
鉄道の車内、駅の混雑そしてこれを主要因する列車の遅延の常態化は、先に述べた人口と鉄道需要予測から今後25年間程度の長期にわたり継続することが予想される。外国人労働者、インバウンドの大幅な増加に伴う鉄道利用者増がこれに加わることで状況は激しくなる可能性もある。混雑と遅延は鉄道利用者に負担を強いるのみならず沿線価値の低下を招くため、種々の機能の立地に関する沿線地域の競争力が弱まることで長期に亘り鉄道事業に影響を及ぼす。混雑緩和への容量拡充に向け早急に何らかの対策に取り掛かることが望まれる。
(2)駅整備と連携した駅周辺地区の再生・活性化
ホーム階段等の混雑が激しい駅の多くは、空間制約から部分的な駅施設改良に止まっている。これらの駅の周辺地区は、概してまちづくりが進んでおらず、魅力に乏しく、防災上問題があり、鉄道による地域分断など様々な問題を抱えている。駅の容量拡大・機能向上と駅周辺の再生を個別に行うのではなく連携し一体的に行うことで駅とまちの諸施設の規模や配置の自由度・効率性が増し、より魅力的な空間を形成できる。
(3)東京都市圏の国際競争力強化に資するサービス向上
アジアヘッドクォーター特区がアジアの大都市に伍してその機能を発揮するために国内・海外地域との円滑な移動の確保が不可欠である。そのためには成田・羽田空港、リニア・新幹線各駅へアクセスする鉄道路線及び特区内・特区相互間の円滑な移動を可能とする鉄道路線の整備とサービスの向上が課題である。
(4)駅を中心としたコンパクトシティ形成への支援
長期的な人口減少下では市街地をコンパクトに集約することが必要となる。駅を中心として住宅地が広がる地域の駅及び駅前地区は地域内各地区からの交通アクセスが良く人が集まりやすいので、従来からの商業・サービス機能に加えて子育て共働き、高齢者、多世代ミックス居住などの今後増加する居住者を支援する機能、例えば地域の医療・福祉、コミュニティ機能、居住機能等を配置することで、ここを核とするコンパクトシティが構築できる。核の形成を支援するため、鉄道事業者が自ら保有する駅及び周辺用地を有効活用して事業を展開することが望まれる。
(5)インバウンド客に対するサービス向上
近年、鉄道駅や車両内のインバウンド客への情報提供は多言語化、液晶ディスプレイによる表示、フリーWi-Fiエリアの拡大などで随分改善されてきたが、他社路線・バスなど他交通機関との乗継ぎへの情報提供は十分とは言えない。また街中の観光地は駅からのルートが分かりにくいことが多いので、ゲートウェイである駅と観光地間で途切れない情報提供が必要である。逆に駅舎や駅出入り口がビルに埋もれ街中から見つけにくい例も多いが、街中で日本語表示も含め駅位置を示す情報に触れることは少ない。私自身、通勤経路である新宿の大ガード付近で時々外国人に新宿駅への経路を聞かれるが説明に苦慮する。来年のオリンピック観戦で来訪するインバウンド客の多くが観光地を訪れるのでこの機会に情報提供を含め鉄道利用に際し発生した問題、不足したサービス等利用者ニーズを収集し分析することが今後の大量インバウンド社会に円滑に対応するために必要である。
これ以外の課題を含め解決に向け効果的な対策を講じるためには、鉄道事業者、国、自治体、開発事業者等関係主体間で、WIN-WINとなる、言い出したものが損をしない、受益と負担の関係の適正であるなど基本的視点を共有し、様々な場面で今まで以上に強く連携することが必要である。
(注)本稿は運輸総合研究所に設置した「今後の東京圏を支える鉄道のあり方に関する調査研究」研究会(委員長森地茂政策研究大学院大学政策研究センター所長)で得た調査研究成果を活用し取りまとめたものである。