メトロ開発株式会社 代表取締役社長
入江 健二
2020 年東京オリンピック・パラリンピック大会に向けて、昨今は競技会場の選定に関して報道を賑わしていたが、今年中には確定する模様で、いよいよ各種施設の整備が本格化してくるものと思われる。
オリンピック開催にあたっては、近年レガシー(遺産)ということがしきりに言われるようになった。今回もいかなるレガシーを遺すかについて、競技会場の選定問題も絡みながら、いろいろと論議されて
いる。
先の東京大会は1964 年に開催され、その時から既に半世紀以上となる52 年が経過した。当時の日本は戦争の惨禍から驚異的な復興を遂げて、まさに高度成長まっただ中にあり、この時に東海道新幹線や首都高速道路など、多くのインフラが整備されたが、現在でも東京圏における都市機能の維持・向上になくてはならぬレガシーとして、その存在価値はますます高まっている。
さて、本稿タイトルのオリンピックと地下鉄に目を向けると、地下鉄においては日比谷線がオリンピック開催と極めて深い関係があると言えよう。
日比谷線建設史(帝都高速度交通営団編集)の序文に、「日比谷線(北千住・中目黒間延長20.3km)は昭和34 年(1959 年)5 月に工事着手し、幾多の困難な問題があったが、昭和39 年秋に開催予定のオリンピック東京大会前に全線の完成を図るべく、従業員一致団結し、鋭意努力した結果、昭和39 年8月に全線開通をみることができた。」という主旨の営団総裁の言葉が載せられている。
日比谷線はオリンピック開催までに全線開通させるとことが至上命題であり、かつそれを必ずや達成するという使命感を持っていたことが文面からひしひしと伝わってくる。また、ここで注目すべきは、20.3 キロの長大な地下鉄路線を着手からわずか5 年4 か月で完成させたことであり、オリンピック開催という大目標に向かって、このような短期間で事業を完遂した先人の努力、熱意にはただ脱帽するばかりである。
併せて序文には、同線が両端の駅において民鉄線と相互直通した初めての路線であり、接続路線沿線の住民の便益増進と、既設地下鉄(特に銀座線)や常磐線、山手線など並行する路線の混雑緩和にも大いに寄与するとも述べられているが、この日比谷線の役割、意義については、その後多くの路線の新設や輸送改善方策が実施されてきた今日でも基本的に変わらず、まさにレガシーとして受け継がれている。
では、今度の2020 年東京大会と地下鉄はと問われると、やはり日比谷線がクローズアップされてくるのである。当然のことながら、前回大会以降に東京圏に張り巡らされた鉄道ネットワーク全体が、今回大会に果たす役割は計り知れないものがあり、日比谷線だけがその中で格別に大きな役割果たすものではない。
日比谷線に焦点が当たる理由は、ご存知のように霞が関駅と神谷町駅の中間に虎ノ門新駅(仮称)を設置することにある。虎ノ門地域の大規模再開発において交通アクセスの中核となるのがこの新駅であり、かつ新駅が今度のオリンピック大会で多くの競技会場や選手村が設置される東京湾岸エリアにアクセスするBRT の発着基地となるため、今度のオリンピックとは切っても切れない関係となるのである。
このように日比谷線は、前回大会時では東京が拡大・成長する中で全線開業し、それから半世紀以上経て開催される今回大会では、成熟社会に移行した中で新駅が設置されることとなって、オリンピックとはまことに縁が深い路線と言わざるを得ない。前回大会時は、開催に間に合わせるべく20.3 キロの路線を一日でも早く、1 メートルでも長くと、地下鉄工事をひたすら進めることに注力して来たわけであるが、今回は開催までに新駅を供用開始するという工事進捗努力に加えて、周辺再開発と調和し、駅の機能も成熟社会に相応しいものにしていく質的な面の充実が求められている。また、パラリンピック
大会開催もふまえ、全地下鉄駅でハード・ソフト両面でのバリアフリー化についても一層加速していかなければならない。