地下水の思い出

みんなの未来構想

(株)ジェイアール東日本都市開発 会長

大川 博士

福島第一原発では、廃炉に向け建屋内に流入する地下水を止水するための作業が進められている。凍結工法も期待した効果が得られず、毎日数百トンの地下水が汚染水となって流出している。かつて昭和60 年から7 年間、工事局や工事事務所で、東京の地下水との戦い?に関わり、福島とは比べ物にならない苦労であった話を2点紹介したいと思います。

一点目は、昭和60 年から担当した京葉線東京地下駅建設工事で、実施課の課長、次長として担当することとなった。工法は、かつての総武線東京地下駅や東北新幹線上野地下駅と同様に、側壁部からの漏水を防ぐため地下駅周辺を連続地中壁で囲み地表から順次掘り下げる開削工法が採られた。ただ昭和60 年当時、東京では地盤沈下を防止するため地下水汲み上げ規制が進み地表面化-9 メートル付近まで復水していた。それまでの地下駅は建設時点では掘削底盤以下まで地下水が低下し漏水は顕在化しなかったが、復水とともに開業後に側壁からの漏水が大きな問題となっていた。連続地中壁の打ち継ぎ目からの漏水を遮断するためゴム製の止水版などがそれまで採用されていたが効果が得られず、逆に止水版が水道(みずみち)となって流出していた。このため設計は、従来工法をやめて打ち継ぎ目部を削り取りフレッシュなコンクリートを露出させ打ち継ぐこととした。効果は完璧に近く、現在においても顕著な漏水は見られず、まさにシンプルイズベストであった。ただ、掘削底面が地表面-34 メートルと深く被圧水による盤ぶくれの恐れがあるため、周辺にディープウエルを設置して強制的に地下水圧を下げることとした。しかし、汲み上げた地下水が日量16,000 トンと多量になるため下水道への放流は容量的に問題となり、河川放流ができないか検討していたところ、環境庁所管の皇居外苑管理事務所がお濠の水質浄化のため放流を要望しているとの情報が得られた。協議の結果、一定の水質を維持するための水処理施設と半蔵門までの配管敷設工事は国鉄が負担することで実施に移された。結果は、お濠の水質は期待された「魚影が映る」まで改善された。当時外苑事務所との協議では、恒久的にお濠を浄化するため皇居外苑公園内に水処理施設を建設して、総武線東京地下駅の漏水を流す考えであったが、景観上、文化財保護の観点から国の了解が得られず断念することとなった。ただし、将来同様の工事に伴う地下水の放流として使えるように、皇居外苑の敷地内の放流管は存知されることとなった。その後、総武線東京地下駅の漏水は、平成14 年東京支社長就任間もないころ、立会川(京浜東北線大井町・大森間)まで線路沿いに放水管を敷設して放流を開始した。そのセレモニーに参列することになったのも何かの縁を感じた。

二点目は平成3 年10 月11 日に発生した武蔵野線新小平駅隆起災害の復旧工事である。
災害は、その年の多量の降雨で周辺の地下水位が地表面下-2.5 メートルまで上昇したためU型コンクリ―ト擁壁が最大1.3 メートル隆起した。このため、武蔵野線は全線不通となり、通勤通学輸送もさることながら、貨物の幹線ルートとして冬場に向かう長野方面への石油輸送に支障をきたすことが懸念された。災害発生時の現地の状況は、コンクリートの重い擁壁が隆起するという事象が想像できず、付近の住民はドスンという音で窓を開けたらコンクリートの壁が地表に露出していて、一瞬地盤が沈下したのかと錯覚したと語っていたのが記憶に残っている。U型擁壁の底盤は地表面下-12 メートルの深さにあるので、底盤にはおおむね平米あたり10 トンの浮力が働いていたことになり、周辺摩擦の影響にもよるが、擁壁は浮き上がることになる。復旧は、浮き上がったU型擁壁を戻すため、浮力を低減するためのディープウエルを周辺に設置して地下水を汲み上げることとしたが、擁壁周辺の帯水層(武蔵野礫層)が厚く分布し透水係数も1×10⁻¹~1×10⁰と大きく、地下水の低下がままならず擁壁はびくともしなかった。このため試験的に船底に当たるコンクリート床板を削孔したところ噴水状態で地下水が吹上げ、更に数か所の削孔をしたところ、擁壁は徐々に低下し始めた。最終的には原位置まで低下しなかったが側壁部をそのまま残し軌道部分を約0.5 メートル盤下げして復旧することで事なきを得た。

水は、生命にとって欠くことのできない多くの恩恵をもたらしてくれる反面、その性質上、弱きところを見つけ流れ出し強大な圧力となって襲ってくる。福島第一原発は、片側は海に接しているとはいえ、地下水脈はどのように繋がっているのか実態は把握できていないように思える。関係者は試行錯誤を重ねながら解決に向け日夜奮闘をしている姿に、我々はただただエールを送るだけである。

余談であるが、京葉線でも凍結工法を局所的に採用したが、地中に箱のない電気冷蔵庫を設置するようなもので、凍結までの日数と必要な電気エネルギー、またその維持のための電力の確保など、数十年の長きに渡って凍結状態を維持することは大変なことのように思えるが、時代遅れの門外漢のひと言かもしれない。